至急ですわたしは父親が嫌いです反抗期だからとかではなく小さいころからずっと苦手意識がありました。いままでは単身赴任で家にいなかったので特に気にしてなかったのですが、最近帰ってきてああ、やっぱりわたしは父のことが大嫌いなんだなってわかりました。虐待されてる訳とかじゃないんですただ本当に人間として合わないんだなって。やめて欲しいって言ったことはやめてくれない。ひたすらに空気が読めない言動。幼稚な発言、性格。自己中。勝手に部屋を覗いてくる。ノンデリ。とにかく大人のすることじゃないと感じます。わたしは大人ではなく子供と話してるのかなって感じますわたしの父はなにかしら障害を持っていると思いますこんな家早く出たいです毎日帰ってくるのが辛いドアを開く音を聞くだけでドキドキしますわがままなのはわかってますただ今のこの状態を良くする方法が知りたいんですごめんなさい長文失礼しました

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1082610

2026-06-29 07:10

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煩悩(心身を悩ませるはたらき)による問題ですが、私は日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)の教えと出会って解決できました。



「煩悩」に身心が害されると、気持ちが平常心を失い、冷静さがなくなり、落ち着きもなくなります。

ある縁によって「煩悩」は生まれます。

またその縁と自分自身が持ち合わせている、考えや思想によって「煩悩」は生まれます。故に性格的な「好き嫌い」などの感情に大きな原因があります。

この感情を完全に無くせば問題はありませんが、実際問題そう言うわけにはまいりません。



世の中の人は、この「煩悩」の扱い方に迷い振り回されていると言っても過言ではありません。

日蓮正宗の信心は「煩悩」をよりよい方向に、生活が快適になるよう取り扱っていくものです。人間が苦しむ原因は「煩悩」があるからです。

「煩悩」は残念ながら完全に無くすことが出来ません。



日蓮正宗の考えは、完全に滅するのではなく、正しい「煩悩」の取り扱い方法が説かれているわけです。

世の中には使い方一つで良くも悪くもなる事柄が多くあります。

「煩悩」もこの理屈と同じように、悪く考えるから「煩悩」として存在するのであり、良い方向性に考えを向けることで「煩悩」という存在が「菩提」(迷いのない状態)に変わってしまうのであります。



「煩悩」をよく火に譬えられますが、火も扱い方次第で生活を快適にしますし、一歩間違えると、火事を引き起こし生活を全て失う可能性を持っています。

「煩悩」もこの理屈と同じです。



御本尊様に向かって御題目を唱えるところに「煩悩」の正しい扱いと生活を快適にする方法が見出せます。

「煩悩」という心に燃え盛る火を、御本尊様から智慧を頂いて大事に至らないよう解決させて頂き、「煩悩」をもって生活を楽しくし幸せにします。

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