橋本龍太郎内閣における1998年参議院選挙で自民党は44議席とまさかの大敗をしてしまいました。
結果、参議院では野党多数になってしまったのです。
橋本首相が辞任後の、首相指名選挙では衆議院は小渕氏が指名されましたが参議院では野党第一党の菅直人民主党代表が、小沢氏の自由党、土井たかこ氏の社民党、公明党に共産党も投票して、首相に指名されていました(衆議院の議決が優先して小渕氏が首相となります)
そして、参議院で自民党が過半数割れとなると、予算は衆議院の議決で通せても、予算関連法案などは可決できないため、政権は立ち往生してしまいます。
そこで、当時幹事長となった野中弘務幹事長が、「悪魔(小沢氏のこと)に土下座してでも協力を求める」ということで、小沢自由党と、当時小沢氏の盟友で公明党を仕切っていた市川雄一氏(一ー一ラインなんて言いました)が、話し合って、まず自由党が閣内に入り大臣を出し、公明は閣外協力から自自公連立政権がスタートしました。
その後公明党も閣内に入って大臣をだすようになり、一方、小沢自由党は連立離脱したものの、扇千景、二階俊博などは小沢氏とたもとをわかって保守党を結成し、引き続き連立政権となりました(自公保政権といいました)。
やがて、保守党は自民党の吸収され、二階氏などは自民に復党、自公政権がずっと続いていました。