仏教や禅の本を見ると必ず知足なんて言葉が出て来ます。足るを知るって事だと思うのですが、物だけでなく幸せも外に外に求めるから苦しくなって来るのであって幸せはすでにあるっていうような意味だと思うのですが、私は元から物欲はないので物を欲しがるって事は全くといっていい程ないのですが、幸せの部分で色々考えてしまってます。ないものでなくあるものに目を向ける、そして感謝、それは出来てるのですが、その時はそう思って幸せを感じる事は出来るのですが長く続きません。こういうのってたまに思うから感じられるものじゃないですか?せいぜい一日に一回くらいですよね。年がら年中、あれに感謝、これに感謝、それに感謝、としてたら飽きも出て来ますし、有り難みも減って来る感じもしますし。結局、幸せ感(満足感)を欲する欲って次から次とやって来るので何か足りない感じがしてしまいます。長〜い幸せ感を感じ続けるにはどうしたらいいですかね?そりゃ〜本や文章にするのは、「そういう時は知足」と簡単には書けますけど。

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1019745

2026-04-04 18:05

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どこから満足感を得ているのかという話です。



①視覚的⇒目を通して

②聴覚的⇒耳を通して

③嗅覚的⇒鼻を通して

④味覚的⇒舌を通して

⑤触覚的⇒身を通して

⑥心的 ⇒意を通して



そこで、それらを通して得られた満足感で本当に自分の心は満足しているのかを確かめる必要があります。



もし、得られるとすればどのように得られるのかが分かれば満足感に直ぐに到達できそうです。



得られないとすれば、いつも喜んでいられるように別の基準を設定するか依拠しなければいけません。

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