ガイアナの人民寺院の集団自殺事件や伝道師のポポフの詐欺テクニックを駆使した集会などカルト然としたものも多くあります。そこら中にいる拝み屋や「おらぁ、マリリン・モンローだべ」のイタコの類もそうでしょう。
ただ、宗教自体にカルト的要素はつきもので、熱狂的に集団が増加すればその指導者は「カリスマ的指導者」と認識されていくものです。一向宗の蓮如もまさしくそうです。武装して戦う教団に発展させました。教団のために犠牲を強いるカルト教団と言ってもいいでしょう。
不信の者にとっては、どの仏も神も「ウソ」ということになり、「騙されている」と思えるものです。
大谷選手の「幸運を拾う」ゴミ拾い程度の信念なら許す人も多いのでしょう。多くの宗教の場合、そのあたりから人を引き込み、いつの間にか教主の欲望に間に合うように仕立て上げられていきます。
熱狂的になって他を顧みない人々は、左翼の人たちも「カルト」と同じだと思います。人間主義よりイデオロギー先行の考え方は明らかに間違っていると思えるからです。