ノアの洪水が起きた理由について、教理ではなく聖書本文そのものから説明できる方の意見を聞きたく、質問します。創世記6章では、「神の子ら」と「人の娘たち」が明確に区別して記されています。「神の子らが人の娘たちを見て、美しいと思い、選んだ者を妻とした」(創世記6:2)しかし多くの教会では、これを「人間(敬虔な系統)」と解釈しているように見えます。ただし、以下の聖句を踏まえると疑問があります。ベネ・エロヒム(神の子ら) が人間以外の存在として登場する例ヨブ記1:6ヨブ記2:1ヨブ記38:7ノアの洪水と関連づけられる堕落した霊的存在への言及ユダの手紙1:6ペテロの手紙第二2:4洪水の原因が「人間の罪」だけでなく地そのものの堕落として語られている点創世記6:11–13また、リビングバイブルでは創世記6章の「神の子ら」が**「霊の世界に住む悪い者たち」**と説明的に訳されています。この意訳を、どのように評価すべきでしょうか。さらに、多くのクリスチャンは「恐竜も神の被造物である」と言います(創世記1章全体、ヨブ記40–41章〔ベヒモス/レビヤタン〕参照)。しかし、恐竜は神の被造物しかしその絶滅はノアの洪水や創世記6章の堕落とは無関係とされる理由を、どの聖句から導いているのかが分かりません。もし恐竜が神の被造物であるなら、その滅びが「神の裁きとは無関係な自然現象」であるとする聖書的根拠を教えてください。個人的には、この問題が語られにくい理由は、聖書の難しさというよりも、一つの教会一つの聖書訳一つの解釈だけで学ぶ構造そのものにあるように見えます。(この点は、構造的にはエホバの証人と似ているとも感じます)回答される方は、以下を明記してください。所属教派(例:福音派/カトリック/聖公会/ペンテコステ派 等)使用している主な聖書訳創世記6章「神の子ら」についての解釈根拠とする具体的な聖句感情論ではなく、聖書本文に基づいた説明を期待しています。キリスト教聖書創世記ノアの洪水聖書解釈神の子らエノク書イエス様クリスチャン

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1010959

2026-02-16 08:25

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>>所属教派(例:福音派/カトリック/聖公会/ペンテコステ派 等)

ノン・チャーチ



>>使用している主な聖書訳

新共同訳、Wordproject 、youversion



>>創世記6章「神の子ら」についての解釈

外国人(ユダヤ人以外)の優秀な青年たち



>>根拠とする具体的な聖句



創世記6章

「新共同訳」

さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった。当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これは、神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった。主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。



Wordproject」

人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。



文脈で見ると、み使いが化肉して人間との間に子を為したという外典エノク書やヨベル書の記述を裏付けていると読めなくはない。しかし創世記単体ではそう断定できない。だって普通に「天から降りたみ使いは化肉して人の娘を娶り人間を超える知恵と力を持つネフィリムが産まれた」と書けばいいのに書いてないから。ネフィリムが「エンジェルハーフ」という解釈、人の世に悪がはびこることにネフィリムが影響したという解釈は全て外典エノク書・ヨベル書を基準として論じているから、そうなると聖典とするエチオピア教会と外典として一定の地位を認めるカソリック教会はともかく、まったく認めていない他のプロテスタント教会や聖公会がエノク書を拠り所とした解釈をすること自体がおかしい。



民数記13章

モーセが遣わした斥候が「我々が見た民は皆、巨人だった。そこで我々が見たのは、ネフィリムなのだ。アナク人はネフィリムの出なのだ。」と報告するが、もし創世記6章の記述がエンジェルハーフだとしたらこの斥候の報告はおかしい。超常的な巨人かどうかは遠目でも確認できるから、追加の斥候が派遣されたらその時点で虚偽の報告がバレる。当時でもネフィリムが「外国人の優秀で体躯も立派な青年」という意味で使われてきたから、この場面でも「ユダヤ人よりもはるかに優れた民族の雄々しい青年」という意味で使われたと解釈する方が自然。



わたしはノン・チャーチなので旧約聖書は「ユダヤ人が他の民族に囲まれた環境と自分たちの歴史をどのように解釈したかを示す文書」と思います。すなわち、他民族の優秀な青年たちのDNAを受け継いだ子どもたちは「大昔の名高い英雄たち」と呼ばれるくらいにユダヤ社会でも出世した。しかし創世記ではネフィリムが人の世に悪がはびこった原因であるとは一切書いていない。神は人を作った事を悔いたが、「神の子」が子を為すことを許した事は悔いてない。ネフィリムが人の世の悪の原因か助長した主因ならばそこを悔いるはず。



恐竜は1820年代から報告され認識された存在、紀元前580年代に書かれた旧約聖書にそれが書かれているはずがない。

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