【仏教理解度テスト】(初級編)仏教の悟りについて、知恵袋では次の自論を繰り返し主張する人がいます。「仏教はお釈迦様が悟りを開かれて仏として目覚められたことと全く同じように仏として目覚める(成仏)ことを目指す道です。 しかし「仏教は縁起」だとおかしな主張をする人が何人もいます。お釈迦様は縁起の世界は無常で苦であるから、縁起のある迷いの世界からの解脱を説かれ、無常ではない涅槃を目指す道を説かれたのです。 なぜ日本の仏教徒達はこんなに驚くほどレベルが低いのだと思いますか?」この主張を論点ごとに整理し、箇条書きにすると以下のとおりです。・仏教の目的観1 仏教とは、お釈迦様が悟りを開いて仏となった宗教である。2 仏教修行者も、お釈迦様と同様に「仏として目覚める(成仏)」ことを目指す道である。・縁起説批判3 一部の人々は「仏教は縁起である」と主張しているが、それは誤解である。・縁起の性質4 縁起によって成り立つ世界は、無常である。5 無常であるから縁起の世界は、苦である。6 したがって、縁起の世界は迷いの世界である。・涅槃の位置づけ7 お釈迦様は、「縁起のある迷いの世界」からの解脱を説いた。8 涅槃は、「無常ではない境地」であり、仏教の目指すべき究極の道である。以上1~8のうち、誤りを指摘してください。

1件の回答

回答を書く

1062550

2026-01-16 00:00

+ フォロー

>5 無常であるから縁起の世界は、苦である。
→世界が苦ですかね。我執が苦の根本原因のような気がしますが。


>6 したがって、縁起の世界は迷いの世界である。
→世界が迷いですかね。我執が迷いの根本原因のような気がしますが。


>・涅槃の位置づけ

>7 お釈迦様は、「縁起のある迷いの世界」からの解脱を説いた。
→世界からの解脱ですかね。我執からの解脱を説いた気がしますが。


>8 涅槃は、「無常ではない境地」であり、仏教の目指すべき究極の道である。
→究極の目指す道ですかね。単に我執がとれれば、目から鱗が取れるが如くの涅槃ではないですかね。

落第ですかね。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有