2026-07-07 03:10
誰の命もではありません。自分の命がです。それで、誰も彼も自分の命はかけがいのない尊い命と思っているので、誰の命も誰かが尊い命と思っていると言うのです。「誰の命も(誰かの)かけがいのない尊い命」と言う言葉から、「誰かの」が抜け落ちて、「誰の命もかけがいのない尊い命」と言う言葉になったのです。この言葉になったとたんにこの言葉は人間味がなくなって、神様から見た言葉になったのです。
私たちについて|免責条項|著作権情報|権利侵害の告発|プライバシーポリシー|お問い合わせ
Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.
博識 著作権所有