主語とだけ組み合わせても意味が成り立たない、という点でlive などの、副詞(句)を必要とする自動詞はseem などのように、be動詞に近いものとして分類されないのはなぜでしょうか?SVCの文では、意味としてのメインはCであり、VはSとCを結ぶ役割であるのに対しSVの文では、Vがメインである(ため、それらのみで成り立つ)と解釈しています。文法書を読んでいて、所謂5文型においてI live in Fukuoka. / They lived happily.のようなSV+(義務的な)A の文が、SVCの文型ではなくSVの文型に分類されているのに納得がいきません。その文法書には、「主語について述べる語のことを補語と呼ぶ」との記載があります。確かに形としては、in Fukuoka や happily は述語の live を修飾しているのでしょう。しかし、live が、存在する、のような、be動詞に近いニュアンスを持っており、存在感が薄いからか意味上ではあくまで I や They に対する説明であり、liveはそれらを形として結んでいるだけで等号(be動詞)で結ぶのとそう変わらないように思えます。少なくとも、副詞(句)の “全てが” 補語になりうるわけではないでしょうが例えば以上のような一部の場合、補語として解釈することはできませんか?参考までに登場している文法書は総合英語be 4th edition、2.1 英語の基本語順 の部分です。

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1223698

2026-04-28 11:00

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太古の時代は live は生きるの意味しかなかったわけですが、近代建築以降?住居を構えるようになって「住む」の意味ができました。

その場合、必ずどこに住むかを表す語がきます。

このように修飾語の中でも不可欠なものを付加語ということがあります。



付加語を含めて副詞は補語と言いたくないんでしょうね。

He is in the room. の in the room などの副詞句や、He is in. の副詞 in を補語とは言えない、とほとんどの人が思っているでしよう。



be = exist など古い英語でしかなく、今では場所などを表す語が不可欠です。

be = exist の意味があるいう発想と(場所を表す)副詞は補語じゃないという発想からどうしても補語とは言わないでしょうね、そういう古い人たちは。

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