統治者が利用するからです。
特に、キリスト教やイスラム教などは宗教色が全面に出ます。
統治者が民衆を利用しようとプロパガンダとして利用するor統治者がわざとあるいは気づかずに自身の考えを神の考えとすり替えて利用することが多いです。
こうしたことを行う統治者というのは、往々にして宗教の教えを歪曲します。それはキリスト教やイスラム教だけではなく、次に取り上げる仏教も同じです。
歴史的に仏教は占いとか、参謀として参戦するなど裏方にいることが多いです。中には、僧兵として参戦する者たちもいました。こうした僧兵は仏の名によって戦争に参加しますし、統治者が宗派あるいは仏の名を掲げて戦争をすることもあります。
上座仏教は世俗と袂を分かち、出家するので政治や社会には関わりませんが、大乗仏教は政治や社会と関わります。仏教は神などの絶対的な存在はおらず、自らが持つ仏性で自らが輪廻から解脱します。
そうした宗教の特徴のため、キリスト教やイスラム教と比較するとプロパガンダに掲げる対象が宗派の名前になりやすいです。
で、問題としてはそうした背景が残っていても、学ぶ歴史で関係性に触れることはないので、キリスト教やイスラム教とは違い、戦争とは無縁だったという誤った考えを持つ原因となります。
日本の仏教の歴史やアジアの仏教の歴史を学ぶと、仏教は戦争とは無縁でもなく、キリスト教やイスラム教と同じように殺し合いが多かったことが分かります。
特に、イスラム教は十字軍のせいにしている残酷な出来事をしたのは、モンゴル人の仏教徒でした。詳しい人は知っていますが、そうではない人は知らないわけです。
結果、キリスト教の歴史は戦争歴史であり、キリスト教は酷い宗教だけど、仏教は違うといった言説となります。