少子化は古代ローマ時代から存在し、当時も独身者への課税強化、出産の優遇措置などしましたが解決せず、帝国は衰退しています。
今より人権意識は低い帝国ですが、特に少子化は解決できていません。
一方で民主制を採用していた古代ギリシャでは、アリストテレスなどが「民主制の限界」を議論しています。
それらの議論によると、民主制が成立するのは人口規模5000人までである、と結論付けているわけですが、当然の事としてこれは通信技術や移動手段が限られる状況での議論となります。
しかし基本的に民主制の限界はあると考えられていて、そもそも「国会に集まり議論する」というのを何千人も集めてするのは不可能ですし、現代的なオンラインでやろうとしても、一人ずつ発言をしていては時間がかかりすぎます。
このため一定以上の人数で議論するのは不可能で、人口が多い国であるほど人口対議員比率は低下するのですが、ここに問題が生じます。
端的に言うと、地元で1万人の有権者から意見を聞く議員と、地元で100人の有権者から意見を聞く議員は、どちらがより民主制を実現しやすい存在か、という事です。
別の観点から言うと、人口が多い国では議員一人が扱う予算が大規模になるので、ロビー活動の効率が上がります。
議員数人に徹底したロビー活動をすれば、企業や各種団体の意見要望は通りやすくなりますし、より大規模な資金を動かせてしまうため、庶民は自分の意見が反映されているように見えなくなります。
世界最大の民主主義国はインドとされますが、ここには運営上の問題が常にあり、庶民の意見が政府に反映されているという実感は持ちにくいでしょう。
人口1億人の日本でさえ、その問題が発生しています。
一方で独裁的な中国は成功しているので、どちらにしろ意見が反映されているように見えないなら独裁でも変わらない、という事があります。
世界政府の実現が難しい理由もそこにありますが、民主主義で想定されていないのは世界的な人口増大とグローバル化であると言えます。
現代ではEUで研究が活発ですが、欧州諸国が統合された欧州議会への反発は常にあります。
そもそもEU議会は欧州諸国の庶民から遠すぎる存在で、選出にもあまり興味が持たれていないですし、自分たちの意見が反映されないと感じれば脱退してしまうのもイギリスが証明しました。
一方でスウェーデン国内の研究では、人口が少ないために市民の政治参加率が高いとしています。
各議員は地元で顔見知りという人も多く、政府が遠い存在ではないのでタレント議員的な人が少なくなります。
日本やアメリカでは、元タレントなどが定期的に当選してきますが、これは多くの地元議員が顔見知りではないため、どちらにしても「知らない人」ならタレント議員の方が強いという事になります。
またこの状況では政治のエリート化も発生します。
タレント議員を除いて強い議員は誰かを考えれば二世議員で、アメリカでもブッシュ親子が大統領になりましたし、クリントン夫妻もヒラリー氏は大統領になっていないものの、やはり知名度として強いので常に大統領候補になれます。
地元で顔見知りなわけではないものの、とりあえず顔と名前がわかる、何となく見る事が多い一族が政治家を続け、政界でエリート化していくので庶民感覚とどんどん離れていきます。
その点、人口の少ない北欧は政治が安定しているとされ、多くの市民が政治に参加できている達成感があるので政府への信頼感が高いとされます。
ロビー活動は自国民だけでなく、外国企業や団体、何なら外国政府も行うわけなので、人口対議員比率が低い国では「外国勢力に影響を受けている議員」も排除し難く、状況次第で分断が大きくなります。
人口が少ない国では地元の顔見知りが監視しやすいのと同時に、大前提として国力も小さいので外国勢力のロビー活動をされる事も少ないと言えます。
これらが人口増大とグローバル化の影響と考えられています。
そうすると「自国の事だけを考えた独裁者」の方が自分たちに近いヒーローと感じる場合が出てきます。
シルバー民主主義に関しては、個人的に近年出てきたバグだとは感じません。
それは「愚民が多いから国が傾く」と言っているだけだからで、その問題自体は昔から存在していますし、「愚民のせいで」と言っている人達も昔から存在します。
民主主義の国で世論が暴走して国が大混乱する事は何度もありましたし、日本の太平洋戦争も、ナチスドイツも当時の民主主義で支持されました。
状況次第で国民自身が国を混乱に陥れる選択をしていく、という問題はずっとあります。