明治38年2月3日出生を受付、父池田捨吉届け
出生事項の中の出生地と届出人、身分を記載受付
大正7年9月10日前戸主寅吉死亡により家督相続届け出、大正14年1月26日受付
父の氏池田を牛木に変更、家督相続に届出により記載
明治44年11月11日親権者がいないので戸主池田寅吉が後見人になったが、届けがなかったので裁判所の許可を大正14年7月21日に得て大正14年7月22日に記載
大正14年8月14日転籍を受付
大正14年1月24日に成人したため後見が終了したが届けがなかったため大正15年1月25日に裁判所の許可を得て大正15年1月26日記載
こんな感じですかね?
だいぶ届けを放っておいたようで時系列が複雑ですが
明治38年2月3日出生
明治44年11月11日戸主池田寅吉が後見人に
大正7年9月10日前戸主寅吉死亡により家督相続、父の氏池田を牛木に変更
大正14年1月24日成人、被後見終了
大正14年8月14転籍
な流れのようです
名前からして父捨吉さんは次男以下ですかね?
捨吉さんは養子に出て牛木家を継いで、守太郎さんは(長男で戸主で捨吉の兄?)寅吉さんの後を(養子ではなく甥の立場から)継いだのかな?
当事者の感覚だと養子だったのかもしれませんが、届け出たときには寅吉さんは亡くなっていたので戸籍上養子と言う形にはならなかったのかもしれないですね