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1.朝鮮半島をめぐる勢力図の変化は以下のとおりです。
・ 倭国(日本)は4世紀から6世紀にかけて、鉄資源の確保などを目的に朝鮮半島南部の伽耶諸国と密接な交流を持っていました。
しかし、勢力を強めた隣国の新羅に圧迫され、562年に大加耶が滅ぼされたことで伽耶は消滅しました。
・その後、倭国は同じく友好関係にあった百済と深く結びつきます。
しかし、660年に唐と新羅の連合軍によって百済が滅ぼされてしまいます。
倭国は生き残った百済の残存勢力から要請を受けて、その復興を助けるために大軍を派遣しました。
663年、倭国・百済遺民の連合軍は、唐・新羅の連合軍と激突しましたが大敗しました。
これにより倭国は朝鮮半島での拠点を失いました。
・ 唐と新羅の連合軍は続いて北の高句麗も攻め、668年に滅ぼしました。
最終的に新羅が唐を追い出し、676年に朝鮮半島を統一しました。
2.国名が日本になったのはいつからか
・古くは中国から「倭」と呼ばれていましたが、7世紀後半ごろから「太陽が昇るもと」を意味する日本という国名が使われ始めたと考えられています。
701年に制定された大宝律令で、対外的な公式の国号として日本が定められたとされています。