根拠はありませんが、死後について私は大きく分けて二つの可能性があるのではないかと考えています。あくまで希望的観測であり、断定ではありません。
その前提として、私は「魂」を実体というより情報の単位、あるいは媒体のようなものとして捉えています。物質か非物質かは分かりませんが、少なくとも肉体や記憶とは切り離された、何らかの連続性を持つものです。
一つ目の可能性は「無」です。
死後は全身麻酔のように意識も感覚も完全に消え、何もない状態になる。ただし、その状態が永遠に続くのではなく、いつか輪廻転生が起こる。転生後は記憶も身体も全く異なり、前世の自覚は一切ない。それでも魂の本質、つまり情報としての連続性だけは同一である、という考えです。
転生のタイミングは分からず、百年単位、あるいはそれ以上の時間が空き、前世と時代が重ならない程度の間隔になるのではないかと思っています。
記憶も身体も違えば、それはもはや別人ではないか、という疑問は当然あります。ただ、人口が増え続けているからといって魂が無限に新規生成されているとは限らず、既存の魂がどこかに留まり、循環している可能性も否定できないと感じています。
もう一つは「死後の世界が存在する」場合です。
死後しばらくは、自分の葬式の様子などが、目で見るというより、目を閉じたときに頭の中に情景が浮かぶような形で把握できる。その後、意識や思考は徐々に薄れていき、再び意識が途切れた先で、別の状態、あるいは別の場所へ移行する。
この過程で、現世への執着が強く、意識が過剰に残った存在が、いわゆる幽霊と呼ばれるものになるのではないかとも考えています。私は幽霊を信じているのでこの中間地点を想像しました。
死者は別次元のような場所で「管理」され、自我が希薄で、ふわっとした意識状態にあるからこそ、長い時間そこに存在しても精神が破綻しない。その後、最終的には輪廻転生へ移行する、という点では先ほどの考えと共通しています。
宇宙規模の長い時間軸で考えると、人が一度きり生きて完全にゼロに還元されるという構造は、どこか不自然で、意味を持たないようにも感じられます。そのため私は、この考え方でひとまず自己完結しています。
微生物など、すべての生命に同じ仕組みが当てはまるかどうかまでは考えていません。ただ、何らかの区分や階層があり、人間は人間として循環するのではないか、という直感を持っています。
ここで必ず生じるのが、「それを誰が、どうやって、何のために決めたのか」という疑問です。
これは非常に言語化が難しいのですが、私は宇宙が誕生する以前、さらにその前段階に、人間の知能では想像もできない何かが存在していた可能性を考えています。そこでは途方もない力が働き、その結果として宇宙が生まれたのではないか、という仮定です。
魂について、人間が納得できる説明ができないのは当然だと思っています。ですが、科学の仕組みについても同様に、「なぜそうなるのか」という最終的な理由は説明できていません。ただ「そうなるからそうなる」という記述に留まっています。
私は、その科学法則そのものも、宇宙誕生以前の段階で設定されていた条件の一部だと考えています。
魂は科学の枠外にある、意味の分からない次元の話かもしれません。ただ、世界を成立させるための「工場」は同じで、科学と魂は部署が違うだけ、というイメージです。その別部署の事情について、人間は一つも解明できていないし、今後もできないのではないかと思っています。
AIが一定のルールだけを与えられ、自己学習を重ねながら勝手に成長していくように、宇宙もまた、初期条件と法則だけを与えられたまま走り続けてきた存在なのではないでしょうか。その長い過程の先に、私たち人間が生まれた。
生命がどう生まれ、どう終わり、どう循環するかといった大枠は、その時点ですでに決まっていた。ただし細部は無数の分岐を含み、結果として現在の世界が立ち現れている。そのように感じています。
魂がどのように生成されるかは分かりません。ただ、生命の誕生が完全な偶然とは思えず、選択肢そのものが最初から用意されていた、という感覚があります。
だから私は、人間や生命の行き先は、理解不能なスケールの仕組みによって作られ、最初から組み込まれていたものだと考えています。