仏教やキリスト教がそうであるように、イスラム教も一枚岩ではなく、地域によってぜんぜん違う宗教です。
中東や北アフリカの比較的厳格なイスラム教と、インド亜大陸より東側のなんちゃってイスラム教は、ほぼ別物と見做してよいでしょう。例えばイスラム教を国教としているマレーシアでは、12月になるとデパートに馬鹿でかいクリスマスツリーが飾られて、クリスマス商戦で大々的なお祭りムードになるそうです。
日本に定住しているイスラム教徒は東南アジア系がメインです。インドネシアが最多(約20万人)、次いでバングラデシュ・パキスタン(各3-4万人)、マレーシア(約1.2万人)が続きます。
ここ数年で急激に可視化されている軋轢は、排外主義者のビジネス右翼勢が従来の中国や韓国狙いのヘイトだけではネタがマンネリ化しつつあるため、新たな話題としてイスラム教徒に目をつけて脅威論をブチ上げ、飯の種にしているだけだと思います。
仏教は完全に国策として輸入され、平安時代中期ごろまでは貴族を中心とした知識階級が独占する学問に過ぎませんでしたので、庶民にまで根付いていた神道とはそれなりに棲み分けが出来ていました。
仏教は日本だけでなく本場のインドや中国でもエリートのための学問宗教でした。特にインドでは庶民を蔑ろにする傾向が強く、庶民宗教だったヒンドゥー教にどんどん駆逐されてしまいました。
日本では平安後期に本地垂迹説をでっち上げて、神道と仏教の融合に成功しました。本地垂迹説とは「日本土着の八百万の神々は、じつは仏教を守護するためにあらかじめ日本の地に降臨していたブッダの化身である」というエクストリーム解釈です。
こんなふざけた改変設定を思いつくのは、仏教のことも、神道のことも、どちらも本気で信仰などしておらず、宗教自体を軽く扱っているからこそ出来る発想です。
もともと日本人の自我は、宗教によって支えられているのではなく、共同体内部の「世間の目」によって支えられており、日本人の規範を一言で表すのは「和」の美徳です。
和とは、原理原則や本質的なことはどうでも良いので、表面上さえ丸く治まっていれば美しい、と見做す一種のことなかれ主義のことです。
日本人にとって宗教より和が優先されることは、仏教導入の立役者である聖徳太子が作ったとされる十七条憲法において、最優先の第一条に「和を以て貴しとなす」を置き、第二条で仏教について触れていることからも明らかでしょう。
和という強力な同調圧力を保つことに比べれば、宗教の中身なんかどうだっていいからこそ「どちらも立てて表面を丸く治める」ことだけを目指した本地垂迹説のようなものを思いつき、しかもそれが受け入れられたのです。
このことからも分かるように、日本人にとってはどんな宗教だろうとガワの違いとしか認識されず、中身がどうだろうが、どのみち和が優先されて本質は壊されるので同じことなのです。