その辺も、「内匠頭の狂乱」を物語る一要素だと思いますよ?
当日の衣装「烏帽子大紋」で許される武装は、形式としての「小刀(ちいさがたな)」「腰刀」を「殿中差」と言われる形を取り、「刃渡りも小さい」「抜きにくい」「抜刀すればすぐわかる」みたいな形で、「害意はない」ことを二重三重に示す様式な訳です。
んで、実際の「刃物の使い方」ですが、正直「斬りかかった」というのが、「チャンバラ(大正時代の舞台用語)」と言う言葉もない時代のことなので、ああいう振り回した形だったかは正直わからない、ただ、第一刀は「吉良の烏帽子の金具に当たった他に「眉の上を傷つけた」なので、「振り回した可能性は高い」けれど、もしかしたら「突きのリーチが足りなかった」のかもしれません。
フェンシングとは言わないまでも、剣道の経験だけでも、「長い竹刀でも、そう簡単に相手に届くものでもない」訳です。
その後一応「2度斬りつけた」とある訳ですが、厳密に「突きでは無かった」と断定できる資料があるのか、私にはわかりませんが、少なくとも「身体ごと体当たりするような攻撃では無かった」というだけとも言えますよね。
その辺に「確実な殺意」とか「未必の故意」みたいなものまでは感じられない、ある意味「衝動的な行為」だったことが「場所」からも感じられる訳です。
ともかく、武道だ何だと言う以前に「外様大名が将軍の住まう江戸城本丸御殿で抜刀する」という行為の異常さがある訳で、むしろ「身体ごとぶつかって確実に殺した」ならば、「切腹、お取りつぶしじゃあ済まなかった」んじゃないかと思います。
正直、この事件、考えるほどに「内匠頭が異常」としか思えない訳で、「確実に殺していればそれこそ異常」だと思います。