私の推測ですが、知性ありの優しさをもうちょっと詳しく言うと
「ヒトにだけ備わってるような高度な思考力や判断力、想像力から生まれた、他者への思いやりや奉仕」だと思います。
例えば生き物は自分の子を守るために天敵と戦ったり、命を削ってでも餌を与えたりします。これは生まれ持った習性でやっていることで、尊いには違いないけれど、自分の子や仲間に限定された行動です。
同じように人の優しさも、仲間に限定された優しさがあります。例えば私が避難所にいた時、ある人は一人1個のおにぎりを「家族が6人いるから」と6個もらって3人で食べていました。この「家族に少しでもたくさん食べさせたい」という思いは、おにぎりを貰えない誰かのことは知ったこっちゃないという薄情さとワンセットです。でも家族の人はとても喜んでいました。
職場や学校でも、自分の仲間には優しいけれど赤の他人には冷たい人がいます。こういう優しさは「知性抜きの優しさ」だから天井が低い(限りがある)のだと思います。
知性のある優しさというのは「仲間かどうか」とか「感情的にどうか」を超えて相手の立場で考えたり社会全体で考えて「自分はどうするのが一番いいか」を判断することだと思います。
知性抜きの優しさ・知性ありの優しさを
情動的共感・認知的共感と置き換えてみてもいいと思います。
あるいは哺乳類脳・人間脳と考えてみても面白いと思います。