中華王朝では、忌避といって、皇帝の名に使われる字を避ける習慣がありましたので、皇帝が自分の名から字を下賜することはまずありません。
唐の二代目、太宗・李世民の世や民が一般的な字過ぎて(世が平和ならもともと皇帝になるはずのなかった人なので、想定外)、「無理に避けなくていいよ」ってお達しがでるくらいでしたが、「民間」の意味で「人間(日本人が史書をコレにぶち当たった場合、ニンゲンではなく、ジンカンと読んで区別します)」とか「観世音菩薩」が「観音菩薩」等、多大な影響がありました。
なので、既にご回答にある通り、氏を与える、というのは限定的にありました。これは名誉も不名誉も両方あります。
また、特定の為政者によっては、名誉として改名させる場合もありました。
近年有名になった独孤皇后の父親は独孤如願という氏名でしたが、親友かつボスの宇文泰から信の名を与えられて独孤信と名乗ります。
同様に、宇文泰はけっこう名を与えてまして、劉道徳が「文武両道で諸葛亮みたいだね」ってことで劉亮。他、裴協が裴侠、王文達が王傑、王胡仁が王勇、侯令貴が侯豪、薛沙陁が薛端など。
この宇文泰は西魏の八柱国の筆頭ですが、かれら八柱国は自分の郎党に同じ氏を名乗らせる風習?があったようで、宇文、独孤、李(のちの唐の李氏)についてはその事例が史書で確認できます。