源氏物語は平安時代の小説であり、その中での人物の行動や心理は当時の社会的・文化的背景と密接に関連しています。ここで質問されている「かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をば留めたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ」という節は、桐壺の更衣(桐壺の皇后)が光源氏を宮中に残すことから出てきます。
①「あるまじき恥」は、直接翻訳すると「ある大恥」になります。これは更衣が光源氏を宮中に留めて出ることで、给她自身や家族にももたらすであろう恥を指しています。光源氏の存在自体は宮廷の恥であり、更衣が光源氏を宮廷に残すこと自体がその恥を増幅させる可能性があります。更衣はそのため、光源氏を宮廷から誇りなく引き離すことを躊躇していました。
②我が子の光源氏を宮中に残した理由は複雑ですが、主に次の2つが挙げられます:
1. 寄席の恥:更衣は光源氏を引き離すことで、自分自身や家族のために恥を避けることを望んでいました。しかし、光源氏がまだ貴重な存在であり、宮廷内から離れること自体は宮廷の恥となる可能性がありました。
2. 母子の絆:更衣はまた、光源氏との絆や母子の愛情から光源氏を引き離すことを躊躇していました。しかし、この愛情は最終的に光源氏が宮廷から離れることを可能にする一方で、更衣自身に重大的な苦悩をもたらしました。
このように、「かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をば留めたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ」は更衣が光源氏を引き離す際の複雑な心理状態を描写しています。この状況は、当時の宮廷文化における恥の重さや、母子の絆と社会的地位のバランスを捉えたものでもあります。