キリスト教に入信しようか本気で迷っている高校生です。通っていた幼稚園が教会の隣にあったので、幼い頃から聖書の内容を紙芝居で聞かされ、お祈りをさせられて育ちました。小学校からはキリスト教とは無縁な公立学校になり、それから中高と、特にキリスト教と関わりを持つようなことにはなっていません。しかし、いまだに自分の中にキリスト教の考えが根付いているような気がしてならないのです。先日卒園した幼稚園のクリスマス会を観に行き、壇上で私の頃から変わらない園長先生が祈る姿を見、生誕劇をする園児たちを見て、ますますその思いが強くなりました。園長先生とはまた別の、私の恩師もキリスト教徒です。あの人たちと同じ神を信じたい、あの人たちが話している神と私も対話してみたいという気持ちもあります。しかしこれは「園長先生も恩師もキリスト教だから私も同じのがいい!」というような子供っぽい考えなような気がしてなりません。実際私はまだ聖書をきちんと読んだことがありません。今度図書館で借りて読んでみるつもりではありますが。それに、キリスト教を信じたら、他の神を信じることができなくなるのも悩みどころです。キリスト教に親しみを覚える私ですが、法事で寺に行ってお経を聞いていると仏様の存在を大きく感じますし、正月に神社に行くと神聖な気持ちになります。それに、世界にはイスラム教を信じている人、ユダヤ教を信じている人、そのほかたくさんのキリスト教徒ではない人たちがいます。キリスト教に入信したら、寺を、神社を、他の宗教を肯定することができなくなってしまうと考えると辛いです。仏様も天照大御神もアッラーもイエス様もみんな存在していて、それぞれ自分のことを信じている人を救ってくれているんじゃないかと時々信じたくなります。こんな生半可な気持ちで聖書を読んでイエス様を分かったような気になったり、軽い気持ちで教会に行ったりしてもいいのか不安です。こんなに悩むのなら無宗教でいいじゃないかと思われる方もいらっしゃることと思います。それはその通りだと私も思います。ただ、少しだけ何か宗教の存在を身近に感じてみたいんです。私はまず何をすべきと思いますか?キリスト教徒の方のご意見も、そうではない方のご意見もいただきたいです。

1件の回答

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1271900

2026-03-28 14:35

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若者はキリスト教に近づいてはいけません。人生を奪われるからです。

わたしの証しとしてそれを伝えます。

キリスト教は、「こうすべき、こうあるべき」と “こたえを決めつける” 教えです。だから人生経験も知識も少ない若者には、イイことを教えてくれる魅力的なセンセイのように思えるのです。



実際、教会は「教」というように学校です。そこには牧師という先生がいて、説教という授業を与えます。信徒は生徒で毎週欠席せずに礼拝に出て、行儀よく講壇に向かって座って教えを学ぶ・・・



学生生活をあたりまえに送ってきた若者には違和感なく教会が受け入れられるでしょう。しかし、そんなものが信仰ではありません。



毎週日曜礼拝に欠かさず行く、それに従って欠席を悪いことのように思うようになったら、洗脳されているということです。信仰とは服従です。最初に書いたようにキリスト教は、正解を与えて服従させるのです。自分で自分の人生を考えて決めるのでなく、他人から言われたままを神の言葉と思い込んで従う。そんな人間になったら人格否定です。



人生は自分で開くのです。正しいことは正解があって与えられるのではなく自分で見つけるのです。間違ったら糺せばいい、そのくりかえしで成長するのです。そして自分にとって正しいことは普遍なこととは限らない、そうなんですよ。それを一律に「正しい神のことば」なんかもらってたら、人生破滅です。

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