西武池袋線に快速が登場したのは1980年代ですが、当時は近隣の武蔵野線が開業して数年が経過した時代です。
武蔵野線開業前は、清瀬・秋津から東京都心にアクセスする際は、当然ながら西武池袋線オンリーでした。
しかしながら武蔵野線が開業すると、西国分寺経由で中央線の新宿・四ッ谷・丸の内(東京駅)にアクセスできるルートが登場します。
なので西武池袋線と武蔵野線が交わる秋津だけでなく、清瀬駅→東所沢駅に一部の利用者が移転する傾向が少しあったため、清瀬・秋津~池袋間を1本の列車で結び、かつ準急よりも速くしたのが快速です。
要は武蔵野線対策です。
東上線ですが、上記の話に倣った場合、ふじみ野から各駅停車になる優等列車を設定すれば、ふじみ野~川越間でJR川越線対策(南古谷駅)になるのでは?となりなす。
しかしながら南古谷から池袋・新宿方面だと、快速・通勤快速でも50分近くかかる上に、本数が少ない不便さが相まって、東上線利用者(新河岸・上福岡)が南古谷に移転する現象は皆無でした。
なので東上線でふじみ野から各駅になる列車設定の意義は、昔も今も意義が薄いのではないかと思われます。