現在令和7年=昭和100年。今から60年前の大学の状況ですが、当時は私立大学の偏差値などは議論の対象外”というより (難易度として評価があったかどうかも定かではないでしょう)
1.近畿大学(近大)の歴史は大正14年(1925年)大阪専門学校がルーツ。
昭和18年創立の 大阪理工科大学、この二つが母体です。
新学制で 1949年にこの2つの学校が合併し、商経学部・理工学部がスタート。
その後法学部、昭和30年代には 薬学・農学・工学部が出来て総合大学に発展。昭和49年には 医学部を設置。昭和50年には 附属病院も開院。
2・今でこそ このような 医学部も擁する総合大学ですが、昭和40年ころは
西日本の私立大学は 関学、同志社の2大学が主流で 他の私立大学は
歴史があっても 社会では、なかなか認められない存在でした。
3. 近大は 当時は商経学部、理工学部が主要学部でした。
西日本、特に京阪神の高校は(国公立志向)が強く、国公立に行けない
生徒は 私立の関学、同志社に進学しました。
よって 60年前の近大は 偏差値とか言う基準も無く、入試の難易度は
「かなり入りやすい大学。そして 当時は関西の実業界や大手有力企業への
就職も難しい:と言うより そのような企業に進む学生も居なかった」
のが事実です。
と言うことで 偏差値データも無く、 難易度としては(かなり易しい)
大学であったことは事実です。