太平洋戦争こそ正当化するものではないですが当初の開戦理由はアメリカに石油樹脂関係の航路を閉鎖されたための苦渋の決断と聞いたことがあります。要は国内備蓄がない状況でホルムズが閉鎖された、みたいなことだとおもいますが現代ほど石油樹脂に振り回されていないあの時代でも諸々工業が全滅する事態になってましたか?

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1204270

2026-08-21 08:40

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その様な意見は結構あるのですが誤解ですね。



\u0026gt;当初の開戦理由はアメリカに石油樹脂関係の航路を閉鎖されたための苦渋の決断と聞いたことがあります。



先ず、「航路の閉鎖」ではありません。アメリカは石油そのものの日本への輸出を停止したのです。当時の日本は石油の80~90%をアメリカから輸入していたので、これは大変な事になる、と苦渋の開戦の決断をした、、、と言うのも誤解です。



あの戦争は日本が当時の国策を実現させる為に独自の意思、判断で始めた戦争でした。以下、長文で申し訳ありませんがお読みになって判断してみて下さい。



当時の日本の国策はアジアから欧米列強を追い出して(ここまでなら良かったのですが)それに代わって日本がアジアを征服・支配する事でした。そして日本はそれに反対するアメリカ(とイギリス)に戦争を仕掛けました。



これは私の個人的な意見ではなく、それを証明する当時の政府、軍の資料があります。



昭和15年(1940)7月の四相会議(首相、外相、陸軍大臣、海軍大臣)の要綱、

「英、仏、オランダ、ポルトガル植民地を東亜新秩序の内容に包含せしむる為の積極的処理」、、、



「新東亜秩序」とは日本による支配、「積極的処理」は武力侵略です。



そしてアジアを

「八紘一宇の皇道に基づき、帝国補導のもとに」「軍事、外交、経済等の全般にわたり、帝国の強力なる把握下に置かるべき」と。



日独伊三国同盟の条文も、日本はアジアを支配し、ドイツ(+イタリア)は欧州を支配する、その為にお互いに助け合おう、と言う趣旨で書かれています。



そして日本はハルノートの5ヶ月前、石油禁輸を含むアメリカの対日経済制裁発動の2ヶ月前の1941年6月28日の大本営政府連絡会議で、米英が日本のアジア支配を認めなければ戦争を仕掛けると決め、7月2日の御前会議で天皇の承認を受けました(以下、要約)



方針

一、帝国は世界情勢変転の如何に拘わらず大東亜共栄圏を建設し

二、自尊自衛の基礎を確立するため南方進出の歩を進め

三、帝国はこの目的達成の為、いかなる障害をも排除す。これが為、所要の武力準備を整う



要領

一、対米英戦備の整備に努め、南方進出の姿勢を強化す

三、本号目的達成の為め対米英戦を辞せず

四、密かに対「ソ」戦備を整備し、独ソ戦の推移、帝国の為に有利に進展せば武力を行使して北方問題を解決す



「帝国は世界情勢変転の如何に拘わらず」などと驚くほど好戦的で独善的ですね。中国相手の戦争で大変な事になっていたのに、その上に英米を相手にし、更に機会があればソ連も叩こうと言う無謀な政策でした。



そして11月5日、東條英機が総理大臣になって最初の御前会議で、12月1日零時までに日本の要求が通らなければ12月上旬に対米英戦争を開始、と最終的に決められました。



日本とアメリカは和平交渉を行っていたのですが、日本は宣戦布告をしないで(国際条約違反)いきなり真珠湾攻撃で始まる戦争をアメリカに仕掛けました。



ハルノートは関係ありません。日本が受け入れて損になることは何も無かった。以下を参考にお読み下さい。



yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10306528405">https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10306528405



しかも日本はハルノートや経済包囲網のかなり前に対米戦争を決めており、真珠湾攻撃の機動部隊、英領マレー半島奇襲上陸の陸軍大部隊を載せた船団はハルノートの前に既に出撃していました。



確かに現在の国連常任理事国の動きには非難される点がありますが、それとこれは別途に論ずべきでしょうね。

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