上記4人以外に、もっと評価する人物がいますね!
「三国史記、百済本紀」では、「沸流(兄)と温祚(弟)が高句麗から一緒に亡命して南下して来た」とあります。
その後「沸流(兄)は自殺した」事に成ってますが、評価する人物は「百済沸流王」です。
「北史、隋書」が「仇台(沸流)」と言っている人物で、「漢の遼東太守の公孫度は、娘を嫁がせ、彼は東夷の強国に成った」とあります。
「漢城百済(温祚)」に対抗する「熊津百済(利残国)」で、彼らは、海運を利用して、遼西の晋平郡、晋平県に百済郡を設置し、揚子江両岸にも百済郡を設置しています。
半島南岸から九州島にも進出しています。
「倭の五王(讃、珍、済、興、武)」は「沸流百済王の末裔です!」。