科学とはそもそも自然界の法則を見出すことにあります。
自然界になんらかの法則がありそうだという疑問を持つことからはじまります。そして、その疑問の答えを説明するのには、論理で説明するしかない。出ないと、質問返しを受けるからです。
論文の出だしは必ず、その疑問を持った背景を書くことになります。そうなるとその時代の、常識を語ることになり、また、先人の考えを引用することになります。
となると時代の趨勢を無視するということ自体が科学ではないと私は考えます。
ただ、地動説と天動説のように社会的に隠れながらバチバチ戦うような研究はよくあります。
でも科学は自然界の法則を明らかにして、誰にも文句が言えないように証明するとなると、他者による検証作業が入る余地があり、それがあたかも同時多発的研究のように見えることはよくあります。
遺伝の法則を発見したメンデルさんのレポートは後に再発見した人が過去の論文調べで見つかったように、実は人知れず大発見した例はかなりあります。
しかし、いずれも後の研究の礎となるので個人が単独で一分野を完結すること自体があり得ないと申したいです。
そして、研究とは検証、再現性を取るためにやはり時間と費用がかかるもので、スポンサーの存在が欠かせず、そうなるとどうしても似たような人気の研究テーマをせざるを得ないという現実があります。
よくある、食べ物を落として何秒なら大丈夫かの課題は何度も何度も個人が検証しては再検証を重ねている面白い事例かなと個人的には思います。