世の中の「子ども同士の虐めは生涯に渡りそのレッテルを貼られ続けるべきだ」ということばに違和感があります。子どもって、脳の発達が未熟だから判断能力が無くて、お友だちを叩いてしまったりする事もあるかと思います。へずまりゅう市議なんかも、子ども同士の虐めを晒していますが、私なんかは【大人】に虐められる事が多かったので、精神疾患が悪化し続けてしまいました。AIにも聞いたんですけど、子どもの虐めより、影響力も判断能力も育っている大人の虐めの方が責任は問われるべき、と言っていました。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11327320206皆さんも、今一度、この場でよく考えてみてください。子どもの虐めは世の中がまだわからない、判断能力が無いから先生や親が注意したり、管理したりするものですよね?しかし、パワハラやママ友虐め、ネット空間の粘着虐めの様な「大人の虐め」って、判断能力がある大人が【楽しくて】やっている“愉快犯”なのですよ?よく、大人同士の虐めは自分で対処できるでしょ、という意見がありますが、自分で対処出来るなら、どうして退職代行の流行やパワハラで鬱になり数年間休職する人が多いのですか?対処出来ない大人が多いから、こんなことになっているのですよ?なので、AIの判断通り、子どもの虐めもそうですが、社会はもっと【大人の虐め】にも社会問題として考えるべきでは無いですか?

yahoo

1件の回答

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1194826

2026-08-10 04:50

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そうですね。

だから少年法とかもあるんですよね。

子供には「罰」でなく「更生」です。

法律ではそうなっているのに、匿名というものに守られている汚い大人が勝手に裁いてしまうのが今の世です。

「大人がかっこよければ子供はぐれないんだ」という伊坂幸太郎の名言があります。

その通りですよね。

大人になってつまらない虐めやパワハラをするのは恥です。

こんな大人がどの面さげて子供に虐めの教育をするのでしょう。

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