何分私が生まれる前の話でリアルな雰囲気は解りませんが、タカマガハラの遠征時には国内で壮行会が開かれ、各新聞紙上でもワシントン国際挑戦の記事が取り上げられた、と言う事です
何しろ、当時はまだ主な輸送手段は船、しかも一般人の海外渡航はまだ厳しく制限されていた時代です
当時には航空機による空輸も行われハクチカラが既に空輸によりアメリカ遠征を果たしていましたが、当時の飛行機はレシプロ機、アメリカ西海岸まででも乗り継ぎを含めると1日がかりの輸送となります
その費用も莫大な物(現在でも1000万円単位)でしたでしょうから、ワシントン国際初の日本馬挑戦はさぞかし大きなニュースとして取り上げられたと思います(^_^;)
雰囲気、勝てるかどうか?の目算と言う意味なら『参加する事に意義がある』のレベルだったと思います
当時の日本はまだJRAの創生期に当たり、種牡馬もそして競走馬の数も質も足りていなかった時代で、日本ダービー、天皇賞、有馬記念を制し天皇賞秋に於いてはJRA史上最高の単勝支持率(85.9%現在でも最高記録)を記録、有馬記念に於いても単勝、複勝ともに100円元返しと圧倒的な支持を受けたハクチカラでさえ、長期に渡りアメリカに滞在、現地の調教師が管理した上で17戦に出走して11戦目のワシントンバースデーH(重賞、現在で言うとG2相当)で1勝を挙げるのがやっとと言う状況でしたからね(((^_^;)