至急お願いします!大学入学共通テスト日本史についての質問です。1871に内乱に備えた陸軍部隊として鎮台が創設されたと思うのですが、これと1873年の徴兵令によって作られた軍隊は何が違うのですか?「1877年の西南戦争は徴兵告諭によって創設された軍隊が鎮圧した」との文章があったのですが、これは内乱だから鎮台が鎮圧したのではないかと疑問に思いました。知識のある方教えて頂きたいです。

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1185060

2026-04-13 02:20

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1871年に設置された鎮台は、明治政府が旧藩兵を再編してつくった軍事組織で、国内の治安維持を目的とした「軍の配置単位」でした。鎮台は東京・大阪・熊本などに置かれ、当初は士族出身の兵士が中心となっていました。しかし、この段階ではまだ近代的な国民軍とは言えず、旧藩の軍事力を引き継いだ過渡的な組織でした。



その後、1873年に徴兵令が公布され、国民皆兵の原則に基づいて平民を含む兵士を全国から徴集する制度が始まりました。これにより、鎮台に所属する兵士の性質が大きく変わり、士族中心の旧来型の軍隊から、徴兵によって集められた近代的な常備軍へと転換していきました。つまり、鎮台という組織そのものは存続しながら、その内部の兵士が「徴兵兵」に入れ替わっていったのです。



1877年の西南戦争では、この徴兵令によって編成された新しい常備軍が中心となって反乱軍と戦いました。確かに、戦闘に出動した部隊は鎮台に所属していましたが、その兵士の多くは徴兵制によって集められた平民兵であり、旧士族中心の軍隊ではありませんでした。西南戦争で政府軍が勝利した背景には、この徴兵制による近代的な軍隊の存在が大きく、旧士族の反乱を新しい国民軍が鎮圧したという点が歴史的に重要とされています。



したがって、「西南戦争は徴兵告諭によって創設された軍隊が鎮圧した」という表現は、鎮台という組織の名前よりも、その中身が近代的な徴兵軍に変わっていたことを強調するための書き方です。つまり、組織としては鎮台が出動し、実際に戦ったのは徴兵制によって編成された新軍であった、という二つの事実が同時に成り立つのです。

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