正直言って、
人間が「物を見る」のは難しいと思います。
なぜなら「見え過ぎる」からです(笑)
「物」を見てるはずが、見えるのはそれがもたらす「副産物」だったり
しませんか?(先走りするんですよ!)
なので「物を見る」と言いながら「副産物を見る」ことに完全に慣れ、
それが「物を見る」ことだと思い込んでるんです(笑)
「エルメスはすばらしいブランドだ!」と言ったとしても、
本当は「これで私の注目度が上がるわ!」だったり…
これが周囲にバレただけで「あの人、あんな人なんだ」と思われたり
もしますよ(笑)
うちに遊びに来るハシボソガラスの夫婦を見てると、思うんです。
彼らは縄張りと巣以外、何も所有してません。
服も着てません。
ネックレスも指輪もしてなければ、地位も名声もありません。
いつも、キャットフードとチーズと豚コマを食べ、幸せそうです。
なので、メスが近くに寄って来て、餌をねだるのを見るだけで、
健気なヤツだ!と思います(笑)
肉が一切れ多いと、いつもより満足そうです。
(最低の豚肉ですよ!)
これに対し、人間は、はるかに進化してると言えます。
服も着るし、指輪もするし、バッグも持つし、車にも乗るし、
旅行もすれば、テレビや映画も観るんです。
酒も飲みます。
ハシボソガラスだって、あまりに近くに寄って来ると、
「おお、今日はお腹が空いてるんだな」とバレます。
自分の見方を告白してるのと同じです(笑)
人間の場合、これよりも付帯物が多く、複雑になってるだけではない
でしょうか?
なので「いつからこんなことが起きてるのか?」と言えば、
サルが裸になった時から、もしくは、それより前、
オスがメスや群れの前で力を誇示した時から、ではないでしょうか?
もしくは、メスがオスの気を引いた時から、では?
もしそうだとすると、猿の前の段階でもこれはあったでしょう(笑)
見え過ぎる目、考え過ぎる頭を持ってから、これは著しくなったと
言えるでしょうが、これをなくす可能性もまた人間にはあると
思ってます。
ただ、そうすべきか、すべきでないか、あるいは、それをする必要が
あるか・ないかは私にはわかりません。