今川氏真はさておき。
豪傑な戦士がいて、戦術レベルで局所的な勝利があっても、高遠城の落城は必然です。 物量ですり潰されます。
では、織田信忠は物量で数にモノを言わせたかと言えば、そんな事はなく慎重でした。
高遠城側を寡兵だと甘く見てません(というか、織田信長が慎重だったとも)。
織田方は、近年において後方に野戦陣地を構築していた事が分かってます。
万が一の長期戦にも備えていたことだったのか?!
さらに遺構が発見されたりしていて、戦の本陣としての備えの野戦陣地というレベルでなく、空堀の構築やら鉄砲への備えなどもしつつで、万が一にでも反撃された場合への備えもしてます。
俗に”一夜城”と呼ばれたりしますが、簡易な城ではなかった様です。
現実としては、織田方の圧倒的物量で、高遠城は1日も耐えられませんでしたけどね....織田方の城が城らしく機能をする間もなくです。
織田方は、勝つべくして勝ったであり、勝つための準備を怠っていないし、それだけ織田方の余裕があったとも見れますが、余裕があるけど、決して油断をしたでもないですね。