田舎のマイルドヤンキーは貧困で不幸なのでしょうか?近年、マイルドヤンキーが社会問題になっています。そこには単に柄が悪いというだけでなく、「都会の普通の人」と比べて貧しいという、アメリカで言うプアホワイト(田舎の貧困白人、ヒルビリーやレッドネックとも)と同等の扱いをしています。しかしぼくは疑問があります。 たとえばぼくは33歳ですが、この世代ですと、東京では、東京近郊の中産階級に生まれ、両親も大卒、子どもの頃に習い事をする余裕もあり、何不自由なく生まれ育って、中の中または中の下くらいの私立大学を出て、会社に就職する人はいます。が、スーツを着て正社員ですが、給料は上がらず、結果的にいまでも結婚をできず独身で、将来家庭をあきらめている人は大勢います。会社と家の往復ばかりで、休日は体力回復で精いっぱい、趣味をする余裕もありません。 一方、マイルドヤンキー系の人生はどうでしょうか。 盆地地帯の地方都市に生まれる、親は高卒または中卒です。 公立の小中学校を経て、高校は偏差値40以下の高卒です。 ここまでを言及すれば経済的・学歴社会的には完全な貧困です。 問題は高卒後の人生です。まずは高校時代に同級生や後輩の女子高生と付き合っていてそのままデキ婚をしているので家庭をもっています。 では仕事はというと、履歴書でハネられるレベルの高卒ですので企業に就職はしないが、その替わり「先輩の紹介」で肉体労働、または「親の家業を継いで」います。肉体労働コースの場合、職場にいるのは先輩の仲間、または同期は自分と同じような境遇(同じ地元の幼馴染など)がいるので、体力勝負でも孤独ではないです。普通の若者なら大学に通う4年間で仕事を覚え、そのうち一人立ちし、独立する人もいます。 つまり、肩書はどのみち遅くとも30歳までに「社長さん」になるわけです。稼ぎは少なくとも、従業員からは慕われます。世間体の肩書を持てるのです。 で、その頃には、お子さんが3人くらい増えています。稼ぎが少ないのにどうやって家庭を持てるかと言うと地縁です。 マイルドヤンキー系特有の古くからの地元の遊び仲間・同級生がいて、困っている時は互いに支え合うわけです。たとえば育児でも、忙しい時に子どもの面倒を見てくれる。その替わり相手に介護がある時は、手が空いている時に家に来て手伝ってやる。その替わり自分も空いた時間に手伝う。マイルドヤンキーの相互扶助です。つまりお子さんは、物心ついたときには直接の両親だけでなく地域の大人たち(みんなヤンキーですが)の愛情を受けることもできるわけです。たとえば農家のヤンキーからは野菜を貰ったり、自動車整備工のヤンキーはクルマを直してくれたりするなど技能を生かすこともある。で、手助けして最後はみんなで酒飲んでワイワイやったりする。これって本当に貧困なのでしょうか? また、彼らは「持ち家」があります。田舎なので土地はくさるほどある。それをまず親類縁者から貰って、例のヤンキー大工に頼んで、知り合いのよしみで安く建ててもらう。これで、東京の中産階級なら50代もすぎてやっとローン払いのマイホームを手に入れるところが、田舎では20代前半で持ち家なんです。土地は広いので、田舎のマイルドヤンキーの方が広い庭のある4LDKとかに住んでます。 そういうマイルドヤンキーネットワークがあるおかげで、経済的貧困をカバーしつつ、かつ、奥さんや子どもといった家族、マイホーム、そして地域社会の共同体による豊富な社交環境を手にすることができるマイルドヤンキーって実は勝ち組じゃないでしょうか? ちなみにマイルドヤンキーの職業は自民党政治にぶら下がってるものばかりなので、公務員の次くらいに「安泰」です。技能があるのでくいっぱぐれもない。東京のサラリーマンは会社が潰れたらもはや再就職先は・・・という世界ですが、マイルドヤンキーの場合仮にもし失業者になってもまたヤンキーネットワークが人生の立て直しを手助けします。再就職をあっせんしてくれ、決まるまでは飯を食わせてもらうこともある。そのかわり、新しい仕事についたら、相手が困った時に恩返しをするわけですね。 それでも田舎のマイルドヤンキーは貧困で不幸なのでしょうか?