知恵袋において、日本語の語法や論理性について高尚な講釈を野垂れている利用者がいますが、その行動に激しい矛盾を感じます。以下の状況にある人物の心理構造や、議論における妥当性について、皆さんの意見をお聞きしたいです。その人物は、補足欄などに外部AI(Perplexity等)を使って特定の利用者のIDを解析した共有リンクを貼っています。そのリンク先には相手の名前(ID)やAIによる人格攻撃に近いプロファイリング結果がはっきりと表示されています。このようなプライバシー侵害行為を平然と行いながら、文中で「個人攻撃は不適切だ」「二重基準だ」と相手を批判するのは、論理的に成立するのでしょうか?「二面性の定義がどうだ」と学術的な言葉を並べて知性を装っていますが、実際には「名前が入ったままのURLを公開することが重大な規約違反・犯罪的行為である」というネット社会の基礎的なルールすら守れていません。自分の不法行為は棚に上げ、言葉の重箱の隅を突く行為は、客観的に見て知性と呼べるものなのでしょうか。 自身が最も卑劣な「人格攻撃(晒し)」を行っている現行犯でありながら、他者の言葉尻を捉えて「焦燥感が見える」と評する態度は、心理学的に見てどのような状態(投影や防衛機制など)が考えられますか。論理的明晰さを標榜しながら、その実、最も非論理的で野蛮な「晒しリンク」を攻撃手段として使い続ける人の言葉に、果たして耳を傾ける価値はあるのでしょうか。ネット倫理や心理学、論理学に詳しい方のご意見を伺いたいです。