あなたの別の質問にも答えときましたが、ここにも転載します。
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「アートマン」「霊魂」「魂」などを定義せずに、各人のイメージに任せているから混乱が発生すると思います。
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●仏教の「諸法無我」の「我」とは、「アートマン」という『インド宗教の概念』です。
そして、「アートマン」は、バラモン教で輪廻の主体とされており「常恒不変」、つまり、時間が経過して周りの環境・条件が変わろうと「全く変化しないもの」とされている。
●しかし、仏教は「諸行無常」、時間の経過により周りの環境・条件が変わると、「それに縁りて」起こったり滅したりする、つまり「変化する」という教えですから、そんな「常恒不変」(「有」という)のものは無い。
しかし、何も無いわけではない(「無」ではない)。「縁起の法に従うもの」があ
るわけです。
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●お釈迦様の言われる「無我」あるいは「非我」とは、
・「常恒不変」のアートマンは無い
・「輪廻の主体」は、バラモン教の教える「常恒不変」の”アートマン”ではない
とはっきりさせただけだと考えます。
●仏教は「縁起の法に従うもの」が輪廻の主体となりますが、その名称は、一般的に決定してない。普通の人には見えないものですから、アートマンとの違いというのもよくわからない。
だから、「常恒不変」のアートマンではないことを、まず言われたわけです。
●お釈迦様は、『縁起の法に従って輪廻する主体』を「異陰」、「意生身」、時には一般的な”自己”という意味での「アートマン」などの言葉で示していますが、それを「霊魂」という言葉で定義してもよいと思う。
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●今のテーラワーダ仏教は”無我輪廻”の理論を唱えていますが、部派仏教が盛んな頃は、
・「霊魂」のような”主体を認める派”
・”無我輪廻派”
が拮抗していたことが、最新仏教学で明らかになっています。
●YouTubeの『現代仏教塾』では、日本近代仏教学の弊害『「霊魂」はない』という考えを厳しく批判し、「霊魂」のような主体を認める考えを紹介しています。
「霊魂」に対するいくつもの講演がありますが、総括の以下の講演を紹介します。長いので、時間が無ければ、最初5~6分の三木住職のまとめ紹介と、42分30秒ぐらいからの正木晃先生の講演を聞くと良いでしょう。私は結構面白いと思います。
『第36回現代仏教塾』「パラダイムシフトする仏教学」第一部
YouTube.com/watch?v=IcJmKRD45u4">https://www.YouTube.com/watch?v=IcJmKRD45u4
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●後世の大乗仏教では、「空」という言葉で「縁起の法」を表した。
すなわち、この世の全てのものは「有」ではなく「無」でもない、「空(縁起の法
に従うもの)」だ、というわけです。
大乗仏教理論の根本の「空」とは、お釈迦様の説いた「縁起の法」を一言で表したものです。
●なお、縁によって「起こる・滅する」というのは、表面上そう見えるだけです。
水が、「縁によって」氷や水蒸気になるように、『縁によって「変化している」』と考えれば、
龍樹が説く【八不中道】の道理、
【<不生・不滅><不常・不断><不一・不異><不来・不出>】
「生まれもせず滅しもせず、常でもなく断たれもせず、同一でもなく異なりもせず、来るでもなく去りもせず」
も理解しやすいと思います。
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【補足】
●ところで、佐々木閑教授は「私は輪廻転生を信じていない」と言っていますが、「仏教が輪廻転生を説いている」ことは、はっきり認めています。欧米の仏教学者と同じで、輪廻転生を説いていることを知っていても、自分は信じないと言っているだけです。間違えないように。
本人はどういっているか知りませんが、要は欧米の仏教学者と同じで、仏教徒ではない、ということです。釈迦の教えを信じないわけですから。
●死後や輪廻転生の質問には、それを否定する「断見論者」がよく出てきます。
その中には、教学を軽視し、「断見」の意味も「六師外道」も分からず、禅や瞑想で起こる「魔境」に囚われ、輪廻を否定し、仏教でない教えを仏教だと言い張る、自称”解脱者”もいます。
自分に反対する者はブロックをし、自分勝手な意見のみ書く自称”解脱者”で、誰も客観的には認めるはずがない、ということさえ分からないらしい。
●そういう人とのやり取りを以下に示します(私のID名の所を見てください)。
岡目八目で、周りから見ると面白いと思うんですが、みんながどう思うかは、もちろん自由です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14305237599