仏教で、死後に生まれ変わったと言えるためには、今世の自分と来世の自分が同一でなければならないので、不変なものはないから仏教では生まれ変わりはない。っていうこの今世の自分と来世の自分が同一でなければならないってのは、今日の自分と明日の自分が同一でなければならないって構造と同じじゃないですか?当然、今日の自分と明日の自分は概念的には同じだけど、実体的には違うものなので、不変なものはないと言える。のと同様に、今世の自分と来世の自分が概念的には同じものだとしても、実質的には違うものなら、不変なものはないという条件に抵触しない。今世の自分と来世の自分が同一と認めることは、今の自分と明日の自分を同一と認めることと同じで、それ自体が仏教に反する。今の自分と明日の自分が違うように、今世の自分と来世の自分も違うと認めるしかない。仏教において話すときに、まず同一とはから考えねばならないのでは?その同一を考えていないから、今の自分と明日の自分が違うが、今世の自分と来世の自分が同じという統一感のない意見になるのかと。

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1283012

2026-02-20 23:45

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あなたの別の質問にも答えときましたが、ここにも転載します。

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「アートマン」「霊魂」「魂」などを定義せずに、各人のイメージに任せているから混乱が発生すると思います。

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●仏教の「諸法無我」の「我」とは、「アートマン」という『インド宗教の概念』です。

そして、「アートマン」は、バラモン教で輪廻の主体とされており「常恒不変」、つまり、時間が経過して周りの環境・条件が変わろうと「全く変化しないもの」とされている。



●しかし、仏教は「諸行無常」、時間の経過により周りの環境・条件が変わると、「それに縁りて」起こったり滅したりする、つまり「変化する」という教えですから、そんな「常恒不変」(「有」という)のものは無い。

しかし、何も無いわけではない(「無」ではない)。「縁起の法に従うもの」があ

るわけです。

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●お釈迦様の言われる「無我」あるいは「非我」とは、

・「常恒不変」のアートマンは無い

・「輪廻の主体」は、バラモン教の教える「常恒不変」の”アートマン”ではない

とはっきりさせただけだと考えます。



●仏教は「縁起の法に従うもの」が輪廻の主体となりますが、その名称は、一般的に決定してない。普通の人には見えないものですから、アートマンとの違いというのもよくわからない。

だから、「常恒不変」のアートマンではないことを、まず言われたわけです。



●お釈迦様は、『縁起の法に従って輪廻する主体』を「異陰」、「意生身」、時には一般的な”自己”という意味での「アートマン」などの言葉で示していますが、それを「霊魂」という言葉で定義してもよいと思う。

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●今のテーラワーダ仏教は”無我輪廻”の理論を唱えていますが、部派仏教が盛んな頃は、

・「霊魂」のような”主体を認める派”

・”無我輪廻派”

が拮抗していたことが、最新仏教学で明らかになっています。



YouTubeの『現代仏教塾』では、日本近代仏教学の弊害『「霊魂」はない』という考えを厳しく批判し、「霊魂」のような主体を認める考えを紹介しています。



「霊魂」に対するいくつもの講演がありますが、総括の以下の講演を紹介します。長いので、時間が無ければ、最初5~6分の三木住職のまとめ紹介と、42分30秒ぐらいからの正木晃先生の講演を聞くと良いでしょう。私は結構面白いと思います。

『第36回現代仏教塾』「パラダイムシフトする仏教学」第一部

YouTube.com/watch?v=IcJmKRD45u4">https://www.YouTube.com/watch?v=IcJmKRD45u4

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●後世の大乗仏教では、「空」という言葉で「縁起の法」を表した。

すなわち、この世の全てのものは「有」ではなく「無」でもない、「空(縁起の法

に従うもの)」だ、というわけです。



大乗仏教理論の根本の「空」とは、お釈迦様の説いた「縁起の法」を一言で表したものです。



●なお、縁によって「起こる・滅する」というのは、表面上そう見えるだけです。

水が、「縁によって」氷や水蒸気になるように、『縁によって「変化している」』と考えれば、

龍樹が説く【八不中道】の道理、

【<不生・不滅><不常・不断><不一・不異><不来・不出>】

「生まれもせず滅しもせず、常でもなく断たれもせず、同一でもなく異なりもせず、来るでもなく去りもせず」

も理解しやすいと思います。

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【補足】

●ところで、佐々木閑教授は「私は輪廻転生を信じていない」と言っていますが、「仏教が輪廻転生を説いている」ことは、はっきり認めています。欧米の仏教学者と同じで、輪廻転生を説いていることを知っていても、自分は信じないと言っているだけです。間違えないように。

本人はどういっているか知りませんが、要は欧米の仏教学者と同じで、仏教徒ではない、ということです。釈迦の教えを信じないわけですから。



●死後や輪廻転生の質問には、それを否定する「断見論者」がよく出てきます。

その中には、教学を軽視し、「断見」の意味も「六師外道」も分からず、禅や瞑想で起こる「魔境」に囚われ、輪廻を否定し、仏教でない教えを仏教だと言い張る、自称”解脱者”もいます。



自分に反対する者はブロックをし、自分勝手な意見のみ書く自称”解脱者”で、誰も客観的には認めるはずがない、ということさえ分からないらしい。



●そういう人とのやり取りを以下に示します(私のID名の所を見てください)。

岡目八目で、周りから見ると面白いと思うんですが、みんながどう思うかは、もちろん自由です。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14305237599

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