ご覧になった仏名経における「南無/南无」の違いは、仏の位階や章立てに基づく意図的な使い分けというよりも、写本文化における字体運用の結果と理解するのが妥当です。
まず、「无」は現代中国で用いられる簡体字として知られていますが、もともとは近代に新しく作られた文字ではなく、古くから「無」の異体字として存在していました。
隋唐期以前の写経や石刻、木簡などでは、「無」を省画化した「无」や、それに近い形が実際に用いられることがあり、これは書写の効率化や筆写習慣に基づくものです。
したがって、仏名経に見られる「南无〇〇佛」は、現代的な簡体字の使用というより、当時すでに存在していた略体・異体をそのまま写した結果と考えられます。
仏名経は多数の仏名を連続して記す性格を持つ経典であり、写経の場面では同一語句が繰り返されます。
そのため、書き手が途中から省画的な字体を用いるようになることは珍しくありません。
特に「南無」は経全体で何度も現れるため、最初の部分では比較的正格な字体を用い、後半では筆勢を優先して略体に移行する、といった変化が生じやすい語でもあります。
この点から見ると、第1章と第2章以降の差異は、仏の格や尊卑を表すための書き分けではなく、写経の進行に伴う字体の揺れ、あるいは底本となった写本自体に複数の書写層が存在したことを反映している可能性が高いといえます。
仏教文献において、特定の仏に対してのみ異体字を用いて敬意や位階を示すという慣行は、一般的には確認されていません。
以上から、法隆寺宝物館で展示されている仏名経における「无」の使用は、歴史的な漢字運用と写経実務に由来するものであり、仏様の位による意図的な使い分けと見る必要はないと考えられます。
写本を通じて経典が伝えられてきた長い過程が、そのまま可視化されている点に、この展示の学術的な面白さがあるともいえるでしょう。