むかーし、同じようなご質問があったので回答した事あります。その時のコピペ。
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ひとつ注記したい点として、フランス革命はマリー・アントワネットが原因で起きたワケじゃないです。細かく言えば(例えばネッケル罷免とかで)関与がまったくなかったワケじゃないし、豪遊生活が市民にスキャンダラスに見え怒りを買ったというのも事実です。でも、マリーが何かアクション起こして革命が止められたとも考えにくいですね。
以下、革命が起こってなお、マリー処刑を食い止めるシナリオです。
①ひたすら革命軍に白旗
何の抵抗も見せずに、最初から革命軍に恭順する姿勢を見せると、どうなったでしょうか?あらゆる特権を剥奪されるのは免れないとしても、しばらく幽閉生活を送ったのち、ほとぼりが冷めた時に、いち市民としての生活が許された可能性も否定できないとは思います。とは言え、確率の高い話ではないでしょう。曲者のロベスピエールなどがどう動くかわかったものじゃないし、王族が生存してるというだけで危機感を持つ層も一定数いたはずです。よしんば法的に容赦されたとしても、常に迫害もしくは暗殺の恐怖に怯える生活になったり。
②打倒、革命軍
この場合、マリー視点で見れば革命軍は「反乱軍」です。つまり、善良な市民ではなく、我が国に反旗を翻す野党どもという図式。史実では、武力で革命が達成され、自国軍だけで鎮圧できませんでした。この時マリーが取れる手段はただひとつ、他国からの援助を請う事。いや、実際もそのように行動しました。ですが史実ではかなり遅いタイミングでした。もっと早急に、例えばバスティーユの時点で、オーストリアや周辺国へ反乱軍打倒を呼びかけたなら(かつ交渉が成功したなら)、勝利の可能性はあったと思います。そうなったら、自国市民を血で染め上げた事で『ブラッディ・マリー』のあだ名が付いたかも。
③ヴァレンヌの先まで逃亡
国王一家の命運を分けた、ヴァレンヌ逃亡事件。処刑を免れられた可能性が一番高かったのは、やはりこの逃亡が成功するシナリオでしょう。実際、逃げる側も受け入れる側も、対応がゴテゴテでした。みんなで油断しなかったら、そのまま逃げおおせたのに…。ではこの逃亡が成功したら、どうなってたか?実は下のURLで、そんな質問があったので、回答した事がありました(ベストアンサー)。
yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10205511930">https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10205511930
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さて、ここからまだ回答してないご質問にお答えします。
マリア・テレジアの教育が甘かったんじゃないかとの事ですが、そんな事はないでしょう。あのハプスブルク家ですよ。政略結婚を繰り返して権力者になったのですから、教育を甘くして子孫がポンコツになるのは命取り。とはいえ、子供の個性は尊重する方針だったと推察します。娘アントニア(アントワネットの事)は生来よりフリーダムな性格でした。テレジアも娘の欠点は承知しており、本人にも助言してます。ですが、そのまんま素直に成長してフランスへ嫁ぎ、窮屈な生活の変化に鬱屈する事に(インフルエンサーになったのはその反動)。…人心を掌握する才覚はあったはずなんですがw
革命の旗がなびく前にオーストリアが動けば…との事ですが、もちろんフランスからの要請がない以上、動くわけにはいきません(フランス以外の外交問題や戦争にも関わる)。そして既述の通り、フランスはすぐに援助を求めませんでした。面子もあったでしょうが、お気軽にホイホイ助けを求めては王権の失墜ですし、国家の独立性をも危うくしてしまいます。