徳川吉宗は引退後も大御所として家重を後見しました。これは家重が頼りないからですか?

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1195737

2026-05-23 08:40

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>これは家重が頼りないからですか?



いいえ。

家重は、言語障害がありましたが、知性としては「控え目に言って超一流」な人物です。

予算制度とか。

会計検査院制度とか。

宝暦郡上一揆を受けて老中本多正珍以下の年貢増徴派を大量処断とか。

吉宗が養女を嫁がせて「将軍の縁者」という手出し出来ない立場にしてしまった島津を、宝暦木曾三川治水工事で徹底的に叩きのめすとか。

そして何より、田沼意次の抜擢とか。

他にも色々。





>徳川吉宗は引退後も大御所として家重を後見しました。



そんな事実はありません。

吉宗は1745年に隠居し、翌年には脳血管障害で半身麻痺及び言語障害となり、リハビリ生活に入っています(江戸城にバリアフリーの廊下を作ってます)。1751年没。

家重は1760年まで将軍で居続けます。

……九年も前に死んでいる(更にその五年前から障害を抱えていた)吉宗が、後見など物理的に不可能です。

(ちなみに、先に挙げた宝暦郡上一揆の処断や宝暦木曽三川治水工事などは、吉宗が死んでからのことになります)

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