私は「努力できることも才能である」という考え方に違和感を覚えています。私の考えでは、才能のある人はできる → 好きになる → 極めるという流れに乗りやすく、一方で才能のない人はできない → 嫌いになる → 逃避するという結果になりやすいのだと思います。つまり、努力できる人とは「努力する才能を持っている人」なのではなく、単純に最初からある程度できた(素の能力が高い)人なのではないでしょうか。できるからこそ楽しく、楽しいから続けられ、その結果として努力しているように見えるだけだと思います。「努力は才能だ」という理論は、自分の能力が低いことを認めたくない、あるいは「まだ本気を出していないだけだ」と思いたい人のための考え方ではないかと感じます。

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1101562

2026-04-16 20:25

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努力することもまた才能だと思っています。

遺伝子に組み込まれたものでもあるのだろうと。

で、努力ができない人はいるかと問われたとき、まったくできない人というのは極少だろうと、誰でも多かれ少なかれ努力はしていると思います。努力をしているからこそ生きて居られるということも思います。

要は努力の程度と、そしてそれを継続できる時間が一人一人違うのです。

それはやはり努力という点に関しての才能の多寡だろうと思っています。

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