私は「努力できることも才能である」という考え方に違和感を覚えています。私の考えでは、才能のある人はできる → 好きになる → 極めるという流れに乗りやすく、一方で才能のない人はできない → 嫌いになる → 逃避するという結果になりやすいのだと思います。つまり、努力できる人とは「努力する才能を持っている人」なのではなく、単純に最初からある程度できた(素の能力が高い)人なのではないでしょうか。できるからこそ楽しく、楽しいから続けられ、その結果として努力しているように見えるだけだと思います。「努力は才能だ」という理論は、自分の能力が低いことを認めたくない、あるいは「まだ本気を出していないだけだ」と思いたい人のための考え方ではないかと感じます。