『史記・平準書』にも「是の時、越 漢と船を用(もち)いて戦逐せんと欲し、乃ち大いに昆明池を修し、観(たかどの)を列し之れを環らせり。楼船を治むること、高さ十余丈、旗幟を其の上に加へて、甚はだ壮なり。」という。
この二つの記載の説明。
1、ここで説明している楼船は民間の楼船ではなく、「戦闘」用の軍艦である。
2、この船体は高大であり、上部には形状の異なる大小さまざまで彩色された旗幟を立てて、たいへん壮観であった。
後漢時代になると「露橈(ろどう)」と「冒突」二種の楼船が現われ、前者は櫂を船外に露出しているので名付けられ、後者は「触冒にして唐突に取るなり」で、つまり船首に敵船に体当たりする衝角を装備しているものである。