易経を初めて西洋に紹介したドイツ人宣教師のウイルヘルムは、こんなことを巻頭言に書き周りにも話したという。
占いをして、その結果に一喜一憂するだけでは何の意味もない。「では、私はどうすべきか」それを深く思索することで卑近な占いは人間哲学に昇華する。
未来は現在から造られる。だから現在を変えれば無限の未来が訪れる。不幸な未来も幸せな未来も、【何一つ決まっていない。】だから今どうすればいいかを考える助言として占いが存在する。
占いはけして心を癒すとか慰めるためにあるのではない。占者はヒーラーでもカウンセラーでもない。「人生のちょっとしたアドバイザー」にすぎない。
そのアドバイスをのむ、のまないは相談者の自由。
幸せに生きるために、今すべき考えや行動を、あれこれ模索し【実行】できないなら占いに頼ることはやめるべきと、私は思います。
智恵袋には、一喜一憂するだけの人が多いですね。