欠落はありますが、「昔の漢文=論理訓練」をそのまま戻すより、現代向けに論証と文章作法を系統立てて教える不足が大きいです。
昔の漢文や儒学の素読は、語彙や文型だけでなく、筋道立てて言い切る文体、主張と根拠の結び方、反論の扱いなどを反復で身につけやすい面がありました。一方、今の国語は読解中心になりやすく、要約、根拠提示、反証、定義、段落設計、引用のルールといった「書いて論理を運用する訓練」が授業時間や評価の都合で薄くなりがちです。
ただ、漢文をやった人が全員論理的だったわけでもなく、論理は数学や哲学だけのものでもありません。必要なのは、文章で「主張、根拠、具体例、想定反論への応答」を明示する練習を、国語の中で継続的に扱うことですが、現状は学校差や個人努力に寄っているので、教育としての穴はあると言えます。