まず前提として、「個人攻撃は不適切」とするなら、その基準は自他に等しく適用されるべきです。しかし当該発言では、相手を「晒し」「非倫理的」と批判する一方で、自身は「パープ●」という蔑称を用いており、結果として同種の人格攻撃を行っています。.手段が異なるだけで行為の本質は同一であり、これは「他人の個人攻撃は否定し、自分の個人攻撃は容認する」という二重基準であります。.さらに本来の論点は「AIによる生成内容を根拠として提示することの妥当性」であるにもかかわらず、「相手が卑劣かどうか」という人物評価へとすり替えられており、論点も逸脱しています。.以上より、この主張は自ら掲げた基準を自分に適用していない点で自己矛盾に陥っており、説得力を欠くと言えます。.「デジタルリテラシーの欠如したリンク」とありますが リテラシーが欠如するのは「人間」であり、「リンク」ではないですよね?.「果たして耳を傾ける価値はあるのでしょうか」→そもそも論理的一貫性を欠き、自ら掲げた規範を自ら破る二重基準人物に、こちらの論理を理解してもらう必要性は皆無です。そもそも「AI生成文ではなくAI作成文だ」などと主張する人が論理を理解できるのかが疑問です。​むしろ、非論理的な方から耳を塞いでいただけるのであれば、不毛な議論を避ける意味で『願ったり叶ったり』と言えますか?

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1279204

2026-07-12 05:25

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一言で言えば「どの口が言う?」や「吐いた唾、飲まんとけ!」と言った類の話。



この手の人は左側の人によく見られる特徴でございますね。

人の非は徹底的に責めるが、同じことを自分がしてもそれは許されると言う、もう初めから議論などと言うレベルにない人たちです。



議論というのは、相手に常識があり、始めて成り立つ物。

自分の意見は絶対に正しく、相手の意見を初めから全く聞く気がない、洗脳者や、狂信者とは決して議論は成り立ちません。



逆に言えばこの様な相手と対等な議論などを望む事は、自らを相手のレベルまで下げることを意味します。

つまり、この様な人間を相手にしてしまえば、自分も相手と同じ低レベルに成り下がってしまうということですね。



なので、愚かな人間を相手にして、自分も愚かに成り下がるなどという事は最も避けねばならない事です。

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