現在の日本円を取り巻く状況を「通貨危機」と呼ぶべきかどうかという問いに対しては、結論から言えば、典型的な通貨危機ではないが、通貨の実質的価値が長期的かつ構造的に毀損していく局面に入っている、という評価が最も妥当であるように思われます。すなわちこれは、外貨建て債務の返済不能や急激な外貨準備の枯渇、国際金融市場からのアクセス喪失といった新興国型のバランスシート危機ではなく、先進国に特有の「静かな通貨危機」、あるいは「通貨の漸進的希薄化(secular currency debasement)」と表現される現象に近いものです。
まず為替水準について、仮に1ユーロ=185円前後という水準が定着、あるいはさらに円安方向に進行した場合、その影響は輸出競争力の改善という教科書的なメカニズムよりも、輸入物価を通じた国内実質所得の圧迫として顕在化します。現在の日本経済は、製造業の海外生産比率の上昇、サプライチェーンの国際分業化、価格決定力の海外移転といった構造変化を経ており、為替安による利益は必ずしも国内雇用や賃金に還元されません。その結果、円安は企業収益の一部を押し上げる一方で、家計部門には輸入インフレとして一方的に転嫁され、実質賃金の低下を通じて生活水準を切り下げる作用を持ちます。これは需要超過に基づくディマンドプル・インフレではなく、為替を媒介としたコストプッシュ型インフレであり、いわゆる「悪いインフレ」と評価される理由です。
このような状況下で、新NISAの普及を背景に、家計部門が円建て資産から外貨建て資産へとポートフォリオをシフトさせている点は極めて示唆的です。これは統計上の急激な資本逃避、すなわちマクロ的なキャピタルフライトとは異なりますが、ミクロレベルでは「合理的な通貨回避行動」が制度的に促進されている状態であり、通貨に対する信認の低下が静かに進行している兆候と捉えることができます。特に、円を売却して海外株式を購入する行動が広範に正当化されている点は、通貨の価値保存機能に対する期待が低下していることを意味します。
ご質問の第一点である「日本は金利を上げられないのではないか」という認識は、概ね正しい方向性を持っています。日本の財政はGDP比で極めて高水準の債務残高を抱えており、名目金利の上昇は国債利払い費の急増を通じて財政制約を一気に顕在化させます。加えて、家計部門では変動金利型住宅ローンの比率が高く、政策金利の引き上げは可処分所得の圧迫を通じて内需を大きく毀損します。結果として、日本銀行はインフレ率が上昇しても、他国のようにターミナルレートを引き上げる余地が著しく制限されており、金融政策の自由度は事実上失われています。これは金融抑圧(financial repression)が制度的に固定化されている状態と評価できます。
第二点の「金利差が埋まらず円安が止められない」という点についても、金利平価説およびリスクプレミアムの観点から合理性があります。日米欧間の政策金利格差が構造的に存在する以上、円はキャリートレードの調達通貨として使われ続け、為替市場では恒常的な売り圧力に晒されます。仮に為替介入が行われたとしても、それは水準調整にとどまり、トレンドを反転させるには至りません。市場参加者は、円の実質金利が長期にわたってマイナスで推移するという前提を織り込んでおり、その意味で現在の円相場は「歪んでいる」というより、「日本のマクロ構造を忠実に反映している」と言う方が正確です。
第三点である「通貨価値の希薄化を吸収材として用いているのではないか」という問いは、日本経済の核心を突いています。日本政府と日本銀行の組み合わせは、名目上のデフォルトを回避する代わりに、実質的な調整をインフレと通貨安によって行う戦略を採用していると解釈できます。低金利で国債を日銀が買い支え、財政の持続可能性を確保する一方で、そのコストは円の購買力低下として国民全体に分散的に負担させられます。これは明示的な増税よりも政治的コストが低く、結果として通貨価値の毀損が調整弁として機能している構造です。
以上を総合すると、日本は「デフォルトしない」という意味では安全ですが、「円の価値が守られる」という意味ではすでに危機的局面に足を踏み入れていると評価できます。これは急激に崩壊する危機ではなく、気づいたときには生活水準が相対的に大きく低下しているというタイプの危機であり、その意味でご指摘の「通貨危機と言っても過言ではない」という直感は、概念の使い方を少し精緻化すれば、極めて妥当な問題提起だと言えるでしょう。
もし一言で整理するなら、日本はいま「破綻しない代わりに、静かに貧しくなる」調整過程にあり、その代償を円という通貨が引き受けている、というのが専門的に見た現状評価です。