鎌倉時代、地頭と荘園領主の対立が深まり、地頭請(荘官から地頭に経営権を委任)や下地中分をしたとありますが、公領では、地頭と受領の対立があったのでしょうか?またその場合、地頭請は在庁官人から地頭に経営権を委任したということになるのですか?荘園公領制なのに荘園についてしか触れられておらず疑問に思いました。どうか回答よろしくお願いします。

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1155451

2026-07-29 17:45

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多くの場合、在庁官人が地頭です。



荘園の本家に相当するのが公領では知行国主、

領家に相当するのが国司、

荘官に相当するのが在庁官人など、公領の現地支配人、

です。



そして、荘官と公領の現地支配人が御家人になると御恩として荘官や現地支配人の地位を幕府が保障してくれました。これがまとめて地頭と呼ばれました。



だから在庁官人と地頭は同じ人です。

当然、地頭と受領が対立するときには、在庁官人と受領が対立しています。

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