幕末と同様だな、太平洋戦争直前の日本でも、たとえ首脳部がアメリカの理不尽な要求を受け入れて対米戦争を回避したとしても、それに強い不満を抱いた軍や国民が決起し、内乱やクーデターが発生する可能性は極めて高かった。すでに五・一五事件や二・二六事件が示していたように、日本社会には「外交的妥協=売国」と受け取られかねない空気が存在し、妥協はむしろ主戦派を刺激し、より過激な勢力が権力を掌握する結果を招きかねなかった。その場合、日本は国家としての統一や国際的正統性を失ったまま、感情と復讐心に突き動かされた、より無謀で不利な対米戦争に突入し、最終的には日本国家と民族は地球上から消えていた可能性があった。こうした最悪の連鎖を避けるため、当時の昭和天皇や一部の首脳は、勝算のない戦争であることを承知の上で、内乱による国家崩壊を防ぎ、日本という共同体を統一された形で存続させ、わずかな希望を未来に残すという、矛盾と責任を引き受ける選択を迫られての決断であった。