fgo終章についてのネタバレを含みます。ストーリーの考察ですが、正しいかどうか判断してください。『プレイヤー=事象記録電脳魔ラプラス説』ラプラスとは1950年に成功した、全知の悪魔の名を冠する、カルデアの発明の一つ。過去の記録を集計する使い魔で、レイシフトの転移に於いて、マスターを保護する役割を持ち、公にならなかった表の歴史、人知れず闇に葬られた情報を拾い、観測する。このラプラスが画面の前の私たちであるプレイヤーであるという説です。それを裏付ける理由として挙げられるのは、主人公がその場にいない場面や場所での会話などを我々は観測することができていることや、カルデアとの通信が断絶している時に主人公の存在を文字通り観測し存在を証明しているのは画面の前の私たちだけであることです。また1950年\u0026quot;完成\u0026quot;ではなく\u0026quot;成功\u0026quot;なのにも理由があり、1950年にはチューリングテストという、機械(人間の模倣をした)と人間(参加者)の文字のみでの会話を、判定者(人間)が片方ずつ隔離された部屋で行い、どちらが人間でどちらが機械であるかを明確に判定者が区別することができなかったら、その機械は「人間と見分けが付かないほどの知能がある」としてテストに合格するっていう実験が行われた年なんです。そしてラプラスがこのチューリングテストに合格=成功したであると仮定すれば、ラプラスは判定者を騙すことができる知能を持つことが証明されたということになりますよね?ここでシナリオ中の会話に注目したいです。シナリオ中の会話にチューリングテストを当てはめると…機械(人間の模倣をする): プレイヤー(画面の外でボタンを押す存在)参加者(人間): 主人公(物語の中にいるぐだ男やぐだ子)判定者(人間): マシュやカルデアの仲間たち(NPC)この構造になっている可能性がありますよね…?だってチューリングテストでラプラスは判定者を騙すことができることは証明されているんですから。この考察どう思いますか…?