日本で議会による政権交代が起きたこともしらない分際で「アジアにおいては」って語っちゃうような輩がいっちょまえの面できるとか、ほんと知恵袋って……。
「民主体制は合わない」「民主化を望んでいない」っていう言いぐさをする人の特徴は「民主」という言葉の定義をすごく狭く捉えていることにあります。勝手に決めつけた「すごく狭い定義」の「民主」が成り立たない=独裁全肯定という、ぶっちゃけていえば「結論が先にある」タイプの論者です。話をするだけ無駄。
自分たちの生活上の要求を無視し続ける「だけ」の政権はどんな体制であれいずれ国民からの支持を失いますが、そのときに「武力によらねば為政者を交代させられない」か「武力以外の方法で為政者を交代させる方法がある」か。「民主」という概念の根本はここにあります。
で、端的にいえば「その政体が政治を行う範囲」が小さければいくらでも民主的に運営が可能ですが、大きくなればなるほどそれは困難になっていきます。意思統一の困難さ、「その政体」を維持する動機の弱化、効率性の低下、エトセトラエトセトラ。こういう課題をどこまでクリアできていくかが「安定した国家」の運営において重要ですが、場合によっては「政治を行う範囲」自体を分割することでかえってうまくいくケースもあります。
国家分裂が平和裏に実現するケース(まあ、あんまりないですけど)はそういう際に発生し、結果的に分裂したほうが民主的で平和な国家が築けたりすることもあります。
で、話を戻すと中東や中国は「国の求心力」によって国の「範囲」が決まったというより「植民地時代の支配側の都合で決まった」とか「国家イデオロギーによって決まった」とかなので、この「範囲」を維持しようとする限り強権的にならざるを得ない面はあります。その強権的な支配の下で国民生活が困難になれば統治自体が弱体化することになり、国民生活がうまくいくなら「独裁でもまあいいか、混乱するよりは」って話になるわけです。
民主主義は目的ではなく、あくまでも手段なんです。