同じ対価を払う客という意味で対等であるにもかかわらず、男性より女性を優遇し利益供与する「レディースデイ」は選択や修正の余地がない属性に依拠しながら人を平等に扱わない点で、差別ではないですか?公的には取り締まれなくても、良心が咎めるのではないでしょうか?例えば、白人のお客さんだけにデザートをサービスしたり割引を提供し、黒人のお客さんには(同じ対価を払っているのに)提供しない「白人デー」のような企画をすることは許されないはずですがレディースデイという企画も、先述した「白人デー」のような企画も、性別や肌の色といった「選択や修正の余地が無い事由」によって人を平等に扱わない点で同構造ではないですか?肌の色によってサービス優遇度合いに差をつける「白人デー」のような企画はすぐ炎上するのに、なぜ(同じく選択や修正の余地がない)性別によって同じ対価を払ってもサービスに差が出る「レディースデイ」企画は今まで日本でまかり通ってきたのでしょうか?

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1100873

2026-06-13 01:40

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歴史的に女性が弱者であったことをみんなが認めてるからです。



似たようなものに、アメリカの大学入試の人種枠ですね。黒人は点数が低くても合格できるのです。



インディアンというルーツがある人は、部族単位で優遇されます。税金とか商売とかですね。



弱者を優遇する事は、あまり問題視されないのです。むしろ、それが当然の権利だと考える人もいます。



先祖が不利だったんだから、現代では優遇しろみたいな発想です。



問題視されるのは、強者が差別することです。社会秩序を保つには、格差が広がりすぎたり、理不尽だと思われる事が多かったりするのを防ぐ事です。そうしなければ、革命が起きてしまい、結局強者が困る事になります。

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