① なぜ戦後、飴を売る店が多かったのか?今はなぜ少ないのか
戦後直後の事情が大きいです。砂糖は統制物資で超貴重品、戦後しばらく砂糖は配給制でしたが、闇市では比較的入手しやすく、飴は少量の砂糖で作れる、
腐りにくい、子どもから大人まで需要がある、という「闇市向き商品」でした。小資本・簡単設備で商売できた、鍋と火があれば作れ、保存・持ち運びも容易。戦災で職を失った人や引揚者が参入しやすかったのです。そのため「アメヤ横丁」と呼ばれるほど飴屋が集中しました。
今は見かけない理由:
食生活の変化(安い砂糖・菓子が全国流通)
商売としての利幅が薄い
観光地化でより単価の高い商売(飲食・鮮魚)に置き換わった
なお、魚屋が多いのは、上野=東京北部の物流拠点+築地・豊洲からの流れ
で、戦後から「安く大量に売る」文化が根付いた名残です。
② なぜ米軍の放出品がアメ横に集まったのか
理由はかなり現実的です。米軍基地・進駐軍施設が関東に集中、上野駅=最大級のターミナル、地方へ横流し・転売しやすい、闇市の中心地だった、戦後の上野・御徒町一帯は非公式流通の中心。米軍放出品(衣類・缶詰・ジープ用品など)は現金化しやすい、品質が高い、日本では希少、という「最強の商品」でした。そのため「アメ(飴)横」+「アメ(アメリカ)横」という二重の意味が後付けで定着したわけです。
③ 千円お菓子詰め放題はどれくらい得なのか
結論から言うと、定価換算で1,500~2,000円前後、お得度は1.5~2倍程度が一般的です。中身は、賞味期限が近い、流通在庫・型落ち、パッケージ変更、店側は「処分+集客」が目的、あの「入れちゃうよ~!」はエンタメ、周囲の客への宣伝、回転率アップ、が主目的で、原価はしっかり計算済みです。それでも楽しい・話のネタ・体験込み」、なので、心理的満足度はかなり高いですね。
④ イラン人がテレホンカードを売っていた現象の正体
これは1990年代前半のアメ横特有の現象です。背景は:バブル崩壊後、日本に大量流入した中東系出稼ぎ労働者、当時テレカは、金券、換金性が高い、持ち運びやすい、足がつきにくい。出所は、企業の販促品、不正入手品、窃盗・横流し、などグレー~ブラックなものが混在。アメ横は、観光客が多い、現金取引が日常、取り締まりが緩かったです。ため「路上金券市場」化しました。2000年代以降、携帯電話普及、テレカ需要消滅、外国人就労管理の厳格化、で一気に消えました。
⑤ 「チャイナ横丁」に改名すべきか?
率直に言うと、名前を変えた瞬間、アメ横はアメ横でなくなります。確かに今は、中華系、アジア系、多国籍飲食が圧倒的に増えました。しかしアメ横の本質は「安い・怪しい・雑多・流動的」。
戦後:飴と闇市
昭和後期:米軍放出品
平成:金券・外国人商売
令和:インバウンド向け飲食
と常に姿を変えてきた場所です。名前を固定すると、「変わり続ける力」を失ってしまいます。なので個人的にはアメ横はアメ横のまま、正体不明であるべき場所だと思います。