アメ横についての質問5つ。①アメ横はアメヤ横丁で戦後この辺りで飴を売る店が多かったのが名前の由来だそうですが、なぜ飴を売る店が多かったのでしょうか?今はあまり見かけません。食べ物屋以外では魚屋が多い気がします。②アメリカ軍の放出品も以前は取り扱う店が多いと言うことでアメリカから「アメ横」をイメージする人も多いようですが、なぜこの辺で米軍の払い下げ品が集まるようになったのでしょうか?③上野駅に近い場所でお菓子を千円でいいよと言って客を呼び、一つの袋を手にして、入れちゃう、入れちゃう、入れちゃう、入れちゃうと言って適当に手に取ったお菓子をバンバン詰め込んで売る店がありますが、千円でだいたいいくらくらいお得になっているのものなのでしょうか?④昔この辺にイラン人がテレホンカードを売りつけるため路上に沢山立って道行く人に声をかけていたような気がしますがあの現象はなんだったのでしょうか?⑤アメ横は今は中華系を中心に食べ物屋で溢れかえるようになりました。名称もそろそろ「チャイナ横丁」もしくは「チャイ横」に変えるべきではないでしょうか。

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2026-04-08 14:05

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① なぜ戦後、飴を売る店が多かったのか?今はなぜ少ないのか

戦後直後の事情が大きいです。砂糖は統制物資で超貴重品、戦後しばらく砂糖は配給制でしたが、闇市では比較的入手しやすく、飴は少量の砂糖で作れる、

腐りにくい、子どもから大人まで需要がある、という「闇市向き商品」でした。小資本・簡単設備で商売できた、鍋と火があれば作れ、保存・持ち運びも容易。戦災で職を失った人や引揚者が参入しやすかったのです。そのため「アメヤ横丁」と呼ばれるほど飴屋が集中しました。



今は見かけない理由:

食生活の変化(安い砂糖・菓子が全国流通)

商売としての利幅が薄い

観光地化でより単価の高い商売(飲食・鮮魚)に置き換わった

なお、魚屋が多いのは、上野=東京北部の物流拠点+築地・豊洲からの流れ

で、戦後から「安く大量に売る」文化が根付いた名残です。



② なぜ米軍の放出品がアメ横に集まったのか

理由はかなり現実的です。米軍基地・進駐軍施設が関東に集中、上野駅=最大級のターミナル、地方へ横流し・転売しやすい、闇市の中心地だった、戦後の上野・御徒町一帯は非公式流通の中心。米軍放出品(衣類・缶詰・ジープ用品など)は現金化しやすい、品質が高い、日本では希少、という「最強の商品」でした。そのため「アメ(飴)横」+「アメ(アメリカ)横」という二重の意味が後付けで定着したわけです。



③ 千円お菓子詰め放題はどれくらい得なのか

結論から言うと、定価換算で1,500~2,000円前後、お得度は1.5~2倍程度が一般的です。中身は、賞味期限が近い、流通在庫・型落ち、パッケージ変更、店側は「処分+集客」が目的、あの「入れちゃうよ~!」はエンタメ、周囲の客への宣伝、回転率アップ、が主目的で、原価はしっかり計算済みです。それでも楽しい・話のネタ・体験込み」、なので、心理的満足度はかなり高いですね。



④ イラン人がテレホンカードを売っていた現象の正体

これは1990年代前半のアメ横特有の現象です。背景は:バブル崩壊後、日本に大量流入した中東系出稼ぎ労働者、当時テレカは、金券、換金性が高い、持ち運びやすい、足がつきにくい。出所は、企業の販促品、不正入手品、窃盗・横流し、などグレー~ブラックなものが混在。アメ横は、観光客が多い、現金取引が日常、取り締まりが緩かったです。ため「路上金券市場」化しました。2000年代以降、携帯電話普及、テレカ需要消滅、外国人就労管理の厳格化、で一気に消えました。



⑤ 「チャイナ横丁」に改名すべきか?

率直に言うと、名前を変えた瞬間、アメ横はアメ横でなくなります。確かに今は、中華系、アジア系、多国籍飲食が圧倒的に増えました。しかしアメ横の本質は「安い・怪しい・雑多・流動的」。

戦後:飴と闇市

昭和後期:米軍放出品

平成:金券・外国人商売

令和:インバウンド向け飲食

と常に姿を変えてきた場所です。名前を固定すると、「変わり続ける力」を失ってしまいます。なので個人的にはアメ横はアメ横のまま、正体不明であるべき場所だと思います。

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