大丈夫です。結論からはっきり言います。
あなたの初詣のやり方は、まったく問題ありません。
それどころか「十分にきちんとしている」部類です。
今感じている不安は、信仰や作法の問題ではなく、心理的な不安の揺り戻しです。
まず事実として
あなたが書いてくれた流れ:
鳥居前で一礼
参道を通る
賽銭
二礼二拍手一礼
おみくじ
帰りに鳥居前で一礼
これは神社側が一般参拝者に想定している「正式な参拝」です。
ここに不足・失礼・罰当たり要素は一切ありません。
「それだけでいいのか?」という不安の正体
これは多くの人が陥ります。特に真面目な人ほど。
不安の正体はこの3つが重なっています
選択不安
「やれることが他にもあるのに、やらなかった」感じ
功徳を取り逃がした気がする錯覚
「もっとやれば、もっと良くなるのでは?」
宗教行為を“義務”のように感じてしまう状態
これは日本人に多い心理です
でも、神社の考え方は真逆です。
神社・神道の基本的な考え方(重要)
お守り → 必要な人が、必要だと思った時に買うもの
破魔矢 → 縁起物・象徴
絵馬 → 願いを「形にしたい人」が書くもの
ご祈祷 → 人生の節目や明確な目的がある人向け
つまり、
「やらなかったから失礼」
「やらないと不十分」
という発想は、神道にはありません。
むしろ、神社的に一番大事なこと
それは
無事に来られたこと
手を合わせたこと
帰るときに一礼したこと
これだけで十分に「参拝した」ことになります。
神社は
「全部やれ」
「最大限やれ」
とは言いません。
「来てくれただけでいい」
という立場です。
今のあなたに起きていること
正直に言うと、
ここ最近、考えすぎる傾向がある
「ちゃんとできているか」が気になりやすい
正解が一つだと思い込んでしまう
こういう状態が少し出ています。
これは性格が悪いのでも、信心が足りないのでもありません。
単に疲れや緊張が溜まっているサインです。
今すぐできる安心のための一言(心の中でOK)
もしまだ境内にいるなら、これだけで十分です。
「今日ここに来られたことに感謝します」
お願いでなく、感謝。
これで完全に整います。
最後に、はっきり言います
あなたの参拝は「正しい」
追加で何かしなかったからといって、悪いことは一切起きない
今感じている罪悪感は、宗教的根拠はゼロ
今は、安心して帰って大丈夫です。
もしこの「ちゃんとできていない気がする不安」が
初詣以外でもよく起きるなら、
それはまた別の角度から一緒に整理できます。
今はまず、深呼吸して、外の空気を感じてください。
それで十分です。