大阪市内のバラックは大阪市が維新政権になってから急激に無くなっていき、樋之口町が最後かと思います。(天六と都島の間くらい。川の西岸側。)
ここは基本的には河川の管理用地がいつのまにか不法占拠された状態です。たとえ自分の土地でなくても一旦住みついてしまえば「居住権」を盾に持ち主から一方的立ち退きを求められても拘束されてつまみだされたりしないから(されたら訴訟する)のらりくらり開き直って住んでる人たちは大阪に限らず都会には戦後からたくさんいまして、そういうのを支える弁護士とか人権団体とかが強い時には行政はまったく手出しできなかったんです。そしてそのまま既得権化。
かつて道頓堀のたこ焼き屋さんなんかも不法占拠で家賃なしのまま商売してて大儲けしてたのが明るみになったりしてましたが維新は人権団体から何の支持もなかったためにとことんやれます。公園等の路上生活者も施設に住んでもらって公園は子供たちが遊べるようにするのごスジだと、そのために働くのをサボろうとする市職員には厳しかったので街は見た目にも変化していき、維新がどんどん市民の支持を集めた理由です。(大阪自民はそれをやらなかった)。
で、樋之口町も個別に建物が無人であると確認できたごとにフェンスで囲って規制をしていき、再び取られないようにしてってます。このバラックエリアも徐々にですが縮小中です。
道頓堀のたこ焼き屋とかなら不法占拠であると一般に知れた時点で印象も悪いしそんなんで一丁前の値段とってたこ焼き売るんかよなんて言われちゃいますが、このように住居として住まれて開き直って無敵な人や、実際に裁判しても市が勝てないかもしれないくらいの経緯がある場合は時間をかけるしかないのでしょう。いつまでも放置するとココだけ何か癒着があるのかと当然勘繰られますしね。
西成区のあいりんあたりはバラックとは言わず、木造やコンクリート造りの家やアパートメントで、きちんと住所が存在します。
バラックというのはそもそも土地登記がなかったり建築法にも則らない掘建小屋。
京都の有名な砂防ダムみたいにバラックレベルではない家が建って水道まで引かれたケースもありますが、住みたいところに住む権利みたいなものをどこまでも認めなくはないかどうかくらいの基準が昔は今とは違ったのでしょう。ヤバいと言えばヤバいけど、そもそも土地なんてものに所有権を認めて売買するようになった事自体が早い者勝ち論理だし公平ではない。ヒッピー的、あるいは共産主義的な考え方ではありますが、その考え自体は悪ではないものの革命でも起こらないと後戻り出来ないわけで、私たちが生活するこの国の現在のルールとして、土地の不法占拠はダメな事です。郊外にいけば河川敷きに勝手に畑を作っている人なんかもいますが、だめです。