本人の意思が明確で、それを尊重できる強さのある家族ならば尊重されます。意思が不明な場合は家族の意思で延命するしないを判断されます。
こう言う質問される位なので、貴方自身が自分の延命場面において憂慮している事があるのでしょうね。ここから先は余談ですので、面倒ならば読み飛ばして下さい。
まず、延命が必要になって来る場面って既に自分の意識が無い場合も珍しくありません。「だから事前に決めておくんだろ」と突っ込まれそうですが、ここで考慮すべきが家族の事。「いや、だから事前に家族にも言っておくんだろ」と再び突っ込まれてしまいますが、自分の意思を必ずしも家族が尊重してくれる保障など何処にもありません。
よく「私は息子に絶対延命しないでって言っておきました」と言って「これで私絶対延命されないわ~♪」と安心しきってる人居ますよね。でも、私思うんですが「貴方の息子さんは如何なる場面になろうと絶対不変の強固な意志を持てる人なの?」と思います。その時は「分かったよ」と言ってても、いざ延命するか否かって場面になって「お袋、元気な時はああ言ってたし、俺もその時了承したけど、やっぱ無理!このまま死なせる事なんて出来ないよぉ!」ってなる可能性が0%だとでも言うの?と思います。
延命しない選択を出来る人って、なんだかんだ強い人なんですよね。でも誰もがその選択を出来る強さや決断力が有る訳ではありません。世の中「私豆腐メンタルなんです(泣)」って人や、外食でいつまでもメニューが決められない優柔不断な人って少なくないですよね。そう言う人が延命と言う命に関わる重大な場面に直面し、急に鋼メンタル&決断力MAXになれる訳がありません。世の中で延命している家族で、そう言う心の強さが無い為に延命を選択した人って少なくないですよ。下衆の勘ぐりで年金目当てって言う人も居ますが、今時延命費用差し引いても年金がっぽりでウハウハ何て人、ほとんど居ませんでしょうからね。
今後は、そう言った個々人の心の弱さにフォーカスした支援が求められて行くんじゃないですかね。「本人の尊厳が~」「医療費が~」と小理屈並べ立てれば納得して延命をやめてくれる程、人の心は簡単なものでは無いですからね。
人間、どう生まれるかも、どう育てられるかも自分では選べませんでした。死に方だって本来は自分で選べないのが普通です。最近は選べるものだと錯覚する人も多いですがね。エンディングノートに書いていようが、遺言状に書いていようが、いざその時になって家族が「このまま死なせるなんて嫌です!延命して下さい」と言えば医療者は延命せざるを得ません。それらはあくまで意思表示するだけであり、そう書いてあるならば医者は家族の意思ガン無視で問答無用に延命しない様にする事は出来ません。書かれてある事の通りにしなければならない法的義務も無いし、罰則もありません。臓器提供意思表示カードと同じですね。あくまで意思表示のみです。実際にどうなるかは家族の意思に委ねられ、その部分は決して自分でコントロール出来ません。
人生ってそう言うものです。自分の思い通りになるのは、ある程度大人になって、元気な時期にほんの少しの範囲のみコントロール出来るんです。歳を取れば、それこそ1人でシャツ1枚買いに行けもしない弱者になるんです。そうなればもう、人にお願いするしかないです。まして生きるか死ぬかの場面では、完全に成り行き任せです。自分の意思でコントロールしようなんて、私個人は正直おこがましいとさえ思ってしまいます。その場面になって、家族がどう反応するか何て家族自身にも分からない事です。下手に「延命しない選択しかダメ!」って言おうものなら、家族にもプレッシャーがかかります。その強さや決断力を発揮できなかったら「延命しちゃって恨まれてる?でも、私には無理だったの…」とか自分を責めさせてしまうかもしれませんからね。
私だったらその時好きなようにしてくれれば良いって言いますね。一応は、延命には消極的って言っておきますが、それでも無理そうなら1番辛くない選択してくれて良いと。だって、残された者が生きてくんですから、後悔させたままで生きさせたく無いですからね。もう自分は意識も無いですし、死んでしまうのですから、この身がどう料理(?)されようと頓着しないですね。だって、そう言うものですから。死に方は選べないものです。